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Monday, September 27, 2010

「勝負下着」について真面目に考える

【9月27日特記】 先日から「勝負下着」について真面目に考えている。何をきっかけに考え始めたのかは記憶が定かでない。

自分について考えてみると、僕は勝負下着なるものを所有も着用もしていない。ただ、それは単に僕という人間に勝負下着を着て勝負するような局面が訪れないからなのかもしれない。いや、そもそも、勝負下着というものは主に女性に着用されるものなのかもしれない。

しかし、では女性が勝負下着を着用するとして、勝負下着で勝負される側としては、僕が思うに、あまり下着に関心がある男性はいないのではないだろうか?

よっぽど汚いかダサい下着でもつけているのであれば話は別だが、そうでなければ女性の着用している下着にそれほどの拘りと見識のある男性は少ないのではないかと思うのである。?

好き嫌いの趣味くらいはあるだろう。しかし、そこに込められた気魄を読み取り、勝負を肌で感じることができるだろうか? 男性が女性の下着からその手の差異を識別できるだろうか? 答えは恐らく否である。

仮に下着レベルまで脱いだ女性が彼女なりの勝負下着を着用していたとしても、そもそも彼女が普段からそういう下着を着用する人なのか、それとも今日だけグレードアップしているのかを、男としてちゃんと見抜くのは至難の業ではないだろうか?

それができるのは、多分その女性と暫く一緒に暮らすなりつきあうなりして、彼女の下着姿を何度も見た後でのことである。しかし、その時点になったら、多分勝負下着の必要はないのではないか?

そう考えると勝負下着なるものの存在意義がよく分からなくなるのである。結局のところ、それは女性の独りよがりなのではないだろうか?

ただし、自分で言うのも何だが、以上の言説にはひとつだけ有効な反論が想定できる。

いや、男性が女性の下着に詳しくないなんて飛んでもない。男性は女性の下着が結構好きではないか。だから、女性の可愛い下着を専門に盗んで行く泥棒が現れ、あるいは酔った勢いで頭から被ってみたり、くんくんしてみたりする馬鹿な男が出てくるのだ

と。

ふむ、確かにそんな風に女性の下着に並々ならぬ興味を示す男性はいる。そういう意味で女性の下着に造詣の深い男性もいるにはいるのだろう。ただ、下着そのものに興味のある男は往々にして下着の中身の女性に興味を示さなかったりするのものである。

それは神ではなく神を象った偶像を崇拝するようなもの──偶像崇拝、偶像に限らずに絵だったりすることもあるので、もう少し敷衍すると「呪物崇拝」あるいは「物神性」である。

それを英語でフェティシズムと言う。ありゃりゃ、随分話が逸れてしまった(笑)

しかし、勝負下着を着用する女性の心理も、これまた呪物崇拝に近い、と言うかビミョ~に似た面があるのではないかと思うのである。

それは実は男性に見てもらうためのものではなく、つまり必ずしも自分をきれいに見せるためのものではなく、むしろ自分の気持を引き締め、決意を強固にするためのものなのではないだろうか。ここに至ってそんな気がしてきた。

そんな分析をしてみて何になるかと言われると、実に何にもならないのであるが・・・。

いずれにしても、勝負というものはなかなかに大変なものなのであろう。「あろう」という推測でしか書けない自分が、ちょっと悲しい気もしないではないが。

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