映画『ミックマック』
【9月26日特記】 映画『ミックマック』を観てきた。
宣伝面ではとかく「『アメリ』のジャン=ピエール・ジュネ監督」と言われがちだが、僕にとっては「『デリカテッセン』の」ジャン=ピエール・ジュネである。結局あの映画があまりに面白くて、その後『ロスト・チルドレン』、『エイリアン4』、『アメリ』、『ロング・エンゲージメント』と全ての作品を観てきた。
ジュネの特徴はなんと言ってもあの色彩、そして、変人のキャラ、遊び心溢れる設定と意表を突いた展開である。その変人のキャラがたまたま可愛い女の子だった『アメリ』が大ヒットしたが、ああいうファンシーでファッショナブルな路線がジュネのメインの“売り”ではない。そういう意味では、この映画は今までのいろんな“売り”を網羅して、彼の集大成になっている気がする。
頭からともかく展開が速い。
冒頭戦場のシーンで地雷が爆発して兵士が死ぬ。次は恐らくその兵士の妻と思われる女に恐らく兵士の死を告げると思われる電話がかかってくるシーン。息子の小学生バジルもいる。で、一瞬にして葬式のシーン。ここまでほぼ台詞らしい台詞もなし。で、バジルは修道院に預けられる。3カットほどあって、そのバジルの30年後──速い速い!
レンタル・ビデオ屋のオタク店員になったバジル。映画『三つ数えろ』の台詞を丸暗記している。で、外で銃撃戦があって、激しい音に驚いて店を出たら流れ弾が脳天に直撃。頭に開いた穴から血がどろりと流れるシーンの後、手術室。
医者は「脳内の弾丸を取り除くと植物人間になる。かと言って弾を残しておくといつ死ぬか分からない」ということで、コイントスをした結果、そのまま放置することに決定。頭の半分までメスが食い込んでいたが手術は中止。初めのほうはこういうちょっとグロいユーモアで攻めてくる。
そのバジルが職も宿も失ってふらふらしている時にギロチン男プラカールに拾われて、7人の仲間とアジトで暮らすことになる。この辺りからが『オーシャンズ11』と言うか、もっと古い映画を引いて『黄金の七人』と言うか、あるいは漢文古典の世界なら『鶏鳴狗盗』みたいな話になってくる。
バジルはある日、父を殺した地雷を作っている会社と、自分の脳内に残っている弾丸を作っている会社が(いずれもフランスの巨大兵器メーカーなのだが)、道路を挟んで向かい合わせに建っていることを発見する。そして、彼はこの両社に対する復讐を企てるのだが、そこにそれぞれが一芸の持ち主である7人が協力するのである。
ここでは細かく書かず7人のニックネームを羅列しておくので、そこからその特技と活躍ぶりを想像してみてほしい。
まず【ギロチン男】──ちなみにこの男のニックネームだけは彼の特技によるのではなく、死刑になったがギロチンが引っかかって命拾いして特赦を受けたというエピソードによる。【料理番】、【計算機】、【軟体女】──この3人は女性。そして、【発明家】、【言語オタク】、【人間大砲】。
最後の人間大砲に扮しているのはジュネの全作品に登場しているドミニク・ピノンである。
この強烈な個性の羅列だけでも相当面白い。それぞれがどれほどに魅力的か! そして、彼らが繰り広げる作戦のインチキ臭さ。でも、思いも寄らぬ綿密さ──「そんな回りくどい手を使わなくても」と笑えてくるのだが、それが痛快に成功する。
僕にはどこだか判らない近代的なパリの名所と、あまり先進的ではない地区の両方を、ミゼットみたいなオート三輪が走り抜け、人が冷蔵庫から出てきて、廃品で作ったギミックが動き、人が空を飛び、建物が吹っ飛び、人が騙され、人々が笑う。画の印象の強さと、人物の造形の豊かさ、そして話の面白さ。これでこそジュネである。
猥雑で、カラフルで、エネルギーに満ち溢れ、不思議にファッショナブルで、いつもいつもマイノリティの側についているジャン=ピエール・ジュネ。一度嵌るともう抜けられなくなってしまう。
『アメリ』で初めてジャン=ピエール・ジュネを知って、続けて『ロング・エンゲージメント』を見て今イチだなあと思った人は、是非この『ミックマック』を観てほしい。これこそがジャン=ピエール・ジュネなのである。
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