映画『川の底からこんにちは』
【7月10日特記】 映画『川の底からこんにちは』を観てきた。東京ではとっくの昔に公開が終わっているが、関西では今日が待ちに待った初日である。
いやあ、指折り数えて待った甲斐があったというもの。なんという脚本! まさに舌を巻く巧さ。映画を観て悔しくなるのは本当に久しぶりの経験だった。ダイアローグに圧倒的なリアリティがある。
満島ひかりが扮する佐和子。東京に出て5年目で5つ目の冴えない職場。で、そこの新井というぱっとしない課長が5人目の彼氏。
でも佐和子は「しょうがない」が口ぐせ。変に素直で諦めが良い。景気が悪いのも地球が温暖化してるのもしょうがない。自分にしても所詮「中の下」の女なんだから、ろくな男と巡り会えないのもしょうがない。スイカみたいな胸じゃないんだから高望みしたってしょうがない。
と言っても、新井がバツイチで就学前の娘と同居してたとは聞いてなかったけど…。
でも、そんな佐和子だから、結局何があっても周囲に流されるまま生きて行く。父に逆らって飛び出したはずの家だったが、その父親が病に倒れたのをきっかけに田舎に戻って父のシジミ工場「木村水産」を継ぐ羽目になる。しかも、そこに会社を辞めた新井が娘と2人でくっついてくる。
ただでさえ閉鎖的な土地柄に勝手に飛び出した娘が帰ってきてもおいそれと受け入れてはくれない。おまけに工場で働いているのは強烈なおばちゃん10人。この10人が一斉に反発するわ、シジミの売れ行きは不振だわでにっちもさっちも行かない。
とうとう開き直った佐和子は…、というストーリー。
笑える。そして泣ける。「あんた、完全に開き直ってるね。かっこいいぞ!」など、要所要所の台詞がガツンッと来る。ダメな人間たちに対する優しい視線がある。ダメな人間たちを叩き起そうという気概がある。
そのくせ、馬鹿馬鹿しいほどの気楽ささえある。下品なものへの偏愛もある。
映画や演劇などの説明をするときに「泣き笑い」などという言葉をよく用いるが、実際には泣き笑いなんてあまりすることはない。それが、この映画を見ながら、文字通り泣きながら笑ってしまった。とても良い脚本だった。そして、その台詞をたどたどしい早口で2回繰り返させるなどの演出も本当にリアリティに溢れていた。
生きて行く勇気が湧いてくる映画だった。
この映画は大阪芸大出身の石井裕也監督が『剥き出しにっぽん』でぴあフィルムフェスティバル(PFF)のグランプリを獲り、そのご褒美である PFF スカラシップをもらって作った映画である(ただし、これが2本目の長編ではなく、その間に石井はさらに4本の長編を制作している)。
満島ひかりと岩松了以外はあまり知らない役者ばかりなのだが、それぞれに良かった。特に新井の娘役の相原綺羅は、監督も言うように天才子役である。佐和子の父親の志賀廣太郎も味わい深かったし、おばちゃん工員のリーダー役・稲川実代子も強烈だった。
そしてやっぱり、誰よりも満島ひかり。『カケラ』の満島も良かったが、この映画はそれを凌ぐ。恐らく『愛のむきだし』と並んで、満島ひかりの代表作となるだろう。
いとおしいくらいに良い映画だった。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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