『私の家では何も起こらない』恩田陸(書評)
【6月12日特記】 読み始めてすぐに「しまった!」と思った。残念ながらこれは僕の好きなタイプの恩田陸ではなかった。
恩田陸にはいくつかの顔があるのだが、これは所謂ゴシック・ホラーと言われる分野の短編集で、恩田陸的な見せ場としては短い文章の中でのことばの「切れ」ということになると思う。
そういう意味では、この作品も大変「切れ」が良い。全体を通して1つの「幽霊屋敷」を扱いながら、時間軸は各作品によってさまざまで、それがわざと前後して並べられていることによって、却って全体像に深みが出て、そして怖い。
時間を縦糸ではなく横糸にして、複雑に恐怖を編みこんだタペストリーという印象。
そして、そういう怖いシーンに何気なく挿入されている、例えば風景の描写とか、家具やカーテン等についての形容などが、物語のサイドから抜群の「切れ」を以て刺さってくる感じがある。
すべての作品できっちり余韻を残して、次の章へと続けるテクニックも見事である。
ただ、そういう意味では最後の「附記」は余計だったかなという気もしないでもない。わざわざ単行本のために書き下ろされたもので、帯の宣伝文ではこれが「目玉」であるような書き方がしてあるが、少し「書きすぎ/まとめすぎ」たような印象がある。
まあ、とは言え、一級のエンタテインメントと言って良いのではないだろうか。タイトルも皮肉が効いて秀逸である。
ただ、僕が好きな恩田陸は人間心理の内側を緻密に描き出す恩田陸。こういう短編集でそれを望んでも仕方がない。次はそういう長編を期待したい。
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