無題
【6月2日更新】 「マスコミが諸悪の根源だ」という言説がある。
例えば今日鳩山総理大臣が辞任を表明したが、そのことに対しても「全てマスコミが悪いのだ」と書いている人を見かけた。今ここで書きたいのは個別の主張の適否ではないので、このことについてこれ以上深堀りはしないが、しかし、「マスコミが諸悪の根源」という説はいろんなところで折にふれて顔を出すのである。
それに対して、「紙も電波も、A社もB社も、何もかもをいっしょくたにしてマスコミが悪いと言うのは的はずれである」と反論している人がいた。
確かにそれは正しい。
しかし、考えて見ればそれは、例えばウチの社員が不祥事を起こすとウチの会社が悪く言われるようなものだ。生徒の問題が発覚すると学校の部活動が処分を受けるようなものだ。米兵が沖縄で乱暴を働くと反米感情が高まるのと似たようなものなのである。
だからマスコミ各社は他社の迷惑にならないように神経を尖らせる必要があるのかもしれない。
「それは論理破綻した連帯責任論ではないか?」──それも正しい。
「怪しげな煽り記事を売り物にしている安物の週刊誌と、全国を代表する一般紙のウチを一緒にしないでくれ」「新聞と電波は根本的に性格が異なるものであり、一緒に論ずるのは無理がある」──それらも全て正しい。
正しいけど、叩かれる。理不尽だけど、叩かれる。
結局のところ、もちろん、あまりに的はずれな意見を全部正面から受け止める必要はないが、やはりマスコミ全体のことを考える視点は常に必要であるし、マスメディアとは何か、ジャーナリズムとは何か、エンタテインメントとは何か、といったことをずっと考え続ける姿勢は求められてしかるべきであり、要するに常にもっと緊張感を持てということなのかな、と思った。
マスコミの仕事に対するリテラシーが上がってくれば、もう少し楽になってくるのではないかと思う。しかし、まさにリテラシーが上がってくる過程にあるとき、逆風は最も強くなるのではないだろうか。
今はそんな時期かもしれない。ともかく、一つひとつの仕事に緊張感が必要である。
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