『使ってもらえる広告』須田和博(書評)
【5月25日特記】 今さらながらこの本を読んでみた。年初に発売されて結構評判になっているのは知っていたのだが、ま、読まなくてもいいかな、と何となくスルーしてきた。
ところが先日TBSメディア総研の前川英樹さんの講演をお聴きした際に、前川氏がこの本を引用されていたので、また思い出して、少し気になって、買ってみて読んだという次第だ。
前川氏が引用されたのは2箇所:
「『あー、おもしろかった!』で終わるコンテンツにしてはいけないということ。そこで終わると、ウェブ広告の場合は効果が尻すぼみになる。なぜなら、ウェブは無限空間だから。(中略)地上波テレビは、映像が流れるスペースが有限(チャンネル数×24時間)で、まだ救いがあるのだが、ウェブの場合は、なんとしても、“紹介スジ”に乗らなくてはいけない」(143ページ)
「CGMにアプローチするときに一番マズイのは『CGMを使ってやろう』といったエラそうな考え方だ。あくまでも『CGMの仲間に入れてもらう』という謙虚さが絶対に必要だ。なぜならCGMのユーザーたちは『プロの参入』も『資本の投下』も、基本的には歓迎しないからだ。そもそも『イラネ』なのである」(175ページ)
当然地上波テレビの人なので、テレビの観点からの引用である。で、僕もまたテレビの人間である。かつ、テレビの業界の中ではネットの世界にも一応詳しい方だ(と自分では思っている)。だから、読んでみて「目からウロコ」というほどの内容はとりたててなかった。ただ、いちいち「なるほど、確かに」と思うことの連続である。
そして、何よりも感じたのは、著者である須田氏の謙虚さであり、好奇心と探究心の旺盛さであり、発想の柔軟性である。そういう資質こそが、彼をして今の広告界をリードせしめ、かつ、こういう本を書かしめたのである。
全部読み終えてみてもうひとつ残ったのは、前川氏の興味が引っかかったのはこういう所だったのか、という驚きである。当然、今回の彼の講演のテーマに合せて引かれたのではあろうが、しかし、これはこの本のエッセンスからは少し遠いところにある記述である。
この本のエッセンスは、クライアントではなくユーザの立場に立つこと、表現に凝るのではなく使い勝手を考えること、コンテンツではなくコンテキストを見ること、である。
ところが、そうなってくると、それはテレビの広告手法からは少し離れて行くことになる。テレビではできない表現方法を加味することになる。
そうしようとしたときに、一体どうして良いのか、前川氏には今イチ解らなかったのが、上記の2箇所なのではないだろうか?
確かにテレビ局の社内に社員として留まっている身からすれば、この本を直接自分の仕事に役立たせようとすると首を傾げる面があるかもしれない。しかし、それはテレビの中で完結しようとするからである。
僕はこの本が、テレビがテレビの中から一歩踏み出すきっかけになれば良いなあ、と思っている。そんなに難しいことではない。つまりは、須田氏のような謙虚で好奇心と探究心が旺盛で柔軟な発想力を持つネット側の人々と組めば良いのである。
あまりネットに詳しくない人に対しても、解りやすい具体例と解説で非常に理解しやすく書いてあり、最後の総括も明快で読みやすい本である。そして、何よりも著者の人柄が感じられるところがなおさら良書なだと思う。こういう人と仕事がしてみたい。
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