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Sunday, May 16, 2010

映画『カケラ』

【5月16日特記】 映画『カケラ』を観てきた。

安藤モモ子という名前にピンと来なかったのだが、奥田瑛二と安藤和津の娘、安藤サクラの姉である。これは彼女の監督デビュー作で外国の映画祭では絶賛されたと言う。そんなこと全然知らずに観に行った。

そもそも僕は映画俳優が安易に映画監督をやることについては批判的で、と言うか、ま、映画監督やるのは自由なのでいくらでもやってもらったら良いのだが、あまり作品に期待する気にはなれないのである。何人かそういう監督の作品も見たし、感銘を受けた映画も確かにあるが、実際のところちょっとなあ、という感じのものも少なくない。そういうこともあって奥田瑛二の映画も見たことがない。

そして、このブログにもついこのあいだ書いたとおり、僕は元来親と同じ職業に就く人たちを軽蔑してたくらいである。奥田瑛二が映画を撮るのさえどうかなと思うのに、さらにその娘が映画を撮るとは何ごとか!となっても不思議ではない。それを考えると、安藤モモ子という名前にピンと来なくてよかったと思う。

パンフを読むと、ロンドン大学芸術学部を次席で卒業し、その後ニューヨーク大学で映画を学び、帰国後は奥田瑛二や行定勲の助監督についていたらしい。映画を見終わった感想としては、そういう経歴の中でちゃんと学ぶべきことを学んできた人なんだなあ、という感じがする。いや、ひょっとすると天性のセンスの問題なのかもしれないが…。

監督で映画を選ぶことが多い僕が、監督名に心当たりのないこの作品を選んだのは、紛れもなく主演の満島ひかりが目当てである。彼女の映画を観るのは7本目だが、『プライド』『愛のむきだし』の2本で与えてくれた強烈な印象がいまだに脳裏に焼きついている。

しかし、驚いたのは、この映画では共演の中村映里子が完全に満島ひかりを喰ってしまっていることである。あまり実績のない女優だが、これからきっと伸びてくると思う。

映画はこの2人の生活を中心に展開する。

ハル(満島ひかり)は早稲田大学の学生(早大出身者でなくてもひと目で判る早大ロケだった)。リコ(中村映里子)はメディカル・アーティスト。事故や病気で失った身体のパーツ(具体的には乳房や指など)を作る仕事である。

喫茶店でリコがハルに声をかける。最初、いきなり見知らぬ相手に声をかけられ、隣の席に座られ、親しげに語られて、ハルは警戒心で一杯になる。ただ、リコのケレン味のない、ストレートな考え方や語り口に惹かれて、電話をしてもう一度会うことにした。

ハルには長年つきあっている彼氏・了太(永岡佑)がいるが、リコは、解りやすくひと言で言うとレスビアンである。リコは言う:「男だ女だって思うから苦しくなるのよ。男も女もヒトでしょ?」「女の子の身体って柔らかくて気持がいいじゃない。だから触ったり触られたりするのが好き」。

僕は感銘を受ける。僕らが女の子の身体に触りたいのも全く同じ理由だからだ。

原作は桜沢エリカの漫画らしいのだが、主人公2人の名前や、リコの職業など、監督自身による脚本では大胆に書き換えられているらしい。原作がどうだったのかは知らないが、できあがったこの脚本は却々良かった。

映像作りもかなり長けた感じがした。

冒頭のハルと了太がひとつ布団で寝ているシーン。了太がゴム鉄砲でベランダに来た鳩を追っ払うシーン。2人で食事をするシーン。この間ほとんど台詞はない。特にハルは全く無言である。見ているほうは「なんでこんなイケテない男がいいんだろ」といきなり思ってしまうのだが、ハルのほうは満たされない思いはありながら、でもやっぱり了太が好き、という思いがよく表現されている。

線路をまたぐ陸橋を渡る2人。この陸橋が後にも何度か出てくる。ここでは足の速い了太に遅れをとったハルが小走りになるシーンがあるが、後のシーンではどんどん歩いて行く了太をハルは追わない。そういう肌理の細かい描写が映画の中の随所に出てくる。

結局ハルとリコはつきあい始めるのだが、仲良くしていたかと思うと行き違いがあって対立したりして、くっついたり離れたりを繰り返す。最後までそんな感じである。観ていてイライラしてくる。しかし、これは監督が「そういうものよ」と言っているのである。

尻切れトンボであるようでいて、実は最後まで見事にデザインされた映画である。安藤モモ子、27歳──久しぶりに「才能」と呼んで良い存在にめぐり逢ったような気がする。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

Swing des Spoutniks
アロハ坊主の日がな一日

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