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Monday, May 31, 2010

後悔先にありき

【5月31日特記】 「サラリーマンに一番要求される能力は危険予知能力である」と言った人がいて、僕はなるほど言い得て妙だなと思った記憶がある。いや、別にサラリーマンに限定する話でもないだろう。社会に生きる人間全般に拡大しても良い話なのではないかな。

危険予知能力と言っても別に超能力のようなものをイメージしているのではない。

普段の仕事の流れの中で、「こういう報告の仕方をすると却って上司に突っ込まれるぞ」、「こういう表現で提案すると下手すると彼を怒らせて終わりになるぞ」、「こっちの選択肢を採用すると、当面は良くてもあとでえらいことになるんじゃないか?」といったようなことを、肌で感じ取る力である。

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Sunday, May 30, 2010

twitter を考え続けるための備忘録

【5月30日特記】 昨日からちょっと twitter 上で言い争いみたいなことをやってしまい、反省しきりである。その後 DM も含めていろいろなやり取りがあり、まあ、一応収束したと言って良いとは思うのだが…。

そもそも僕の理解が至らなかった、というか、想像力が不足していたと言うか、ま、僕が悪かった点が多かったので、反省すべきは反省し、考えを改めるべきは改めたのであるが、ひとつだけしっくり来ないものが残った。

それは RT によって「晒される」という感覚だ。僕はこの感覚がどうしても理解できない。

Web 上に何かを書いた時点でそれは既に晒されている、あるいは、(洒落でも何でもなくて)将来晒されるという危険に晒されている、ということではないだろうか。

Web で何かを公開するということは、晒される覚悟ができたという意思表明だと僕は理解していたのだが、残念ながらこれは極めて少数派の認識だったようなのである。

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Saturday, May 29, 2010

映画『鉄男 THE BULLET MAN』

【5月29日特記】 映画『鉄男 THE BULLET MAN』を観てきた。

残念ながら、1989年の『鉄男』も1992年の『鉄男II / BODY HAMMER』も観ていない。けれど、塚本晋也という名前は鉄男というタイトルとセットで憶えた。

初めて観た塚本作品は1990年の『ヒルコ』だった。それから暫く観てなくて、『悪夢探偵』以降、今回の鉄男まで3回連続で観ている。

最初に観たのが『ヒルコ』という結構エンタテインメント色の強いものだったので解らなかったのだが、恐らく『鉄男』から『悪夢探偵』へとまっすぐ繋がる系譜が塚本監督のメインストリームなんだろうと今日思った。

で、これは以前の『鉄男』の続編ではない。そのままのリメイクでもない。言わば新たな鉄男である。全編英語ではあるが、アメリカ向けにアレンジしたという感じは全くない。多分最初の鉄男も2番目の鉄男もこんな感じだったんだろうと思う。

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Friday, May 28, 2010

TVの営業マン諸君、今こそ少しは座学もやりたまえ

【5月28日特記】 この2年間で僕は以下のようなメディア(テレビ/インターネット)論、広告論の本を読んできた。

  1. 『ウィキノミクス』-ドン・タプスコット、アンソニー・D・ウィリアムズ
  2. 『明日の広告』-佐藤尚之
  3. 『テレビ進化論』-境真良
  4. 『コミュニケーションをデザインするための本』-岸勇希
  5. 『わたしは、なぜタダで70日間世界一周できたのか?』-伊藤春香
  6. 『フリー』-クリス・アンダーソン
  7. 『ツイッターノミクス』-タラ・ハント
  8. 『使ってもらえる広告』-須田和博
  9. 『次世代広告進化論』-須田伸

もちろん面白いから読んだという側面もあるが、広告によって成り立ってきたテレビというシステムが、ひょっとするともうこれ以上続けて行くのは無理になったのではないかという危機感を感じてということもある。

それで、ふと気づいたのだが、勉強しているのは実はクリエイタばかりで、肝心の広告営業担当者はあまり勉強していないのではないか?

現に上記の著者を見ると、中には学者や官僚などもいるが、多くは広告会社のクリエイタ(出身者)であるか、あるいは起業家・経営者である。そして、ここには広告営業の現場担当者はひとりもいないのである。

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Wednesday, May 26, 2010

『次世代広告進化論』須田伸(書評)

【5月26日特記】 須田和博さんの『使ってもらえる広告』を読んだついでに(などと言うと失礼だが)、同じ須田姓の伸さんが書いたこの本も読んでみた。

いや、この2人、苗字だけでなく意外に共通点が多いのである。生まれ年も同じ(1967年)だし、ともに元博報堂だし。で、こっちの須田伸さんは現在はサイバーエージェント勤務。

昨今、広告の構造変化を受けて、いや、世の中の構造が変化するに伴って広告のほうもスタンスを変えざるを得なくなってきたということなのだが、広告関連の出版物が相次いでいる。

例えば佐藤尚之さんの『明日の広告』、岸勇希さんの『コミュニケーションをデザインするための本』、そして前掲の『使ってもらえる広告』──いずれも却々の良書だと思う。

この『次世代広告進化論』もそれらと比肩する良書であると言っても良いが、上記3冊と並べると、2つのタイプに分かれるのではないだろうか。

『明日の広告』と『使ってもらえる広告』は普段広告とは何の関係もない仕事をしている人が読んでも充分理解できるし充分面白い内容であると思う。それは広告業界にいない人であっても、生活者として広告に触れない日はないのであり、まさにそういう生活者の視点で捉えた記述が比較的多いからである。

それに対して『コミュニケーションをデザインするための本』とこの『次世代広告進化論』は幾分プロ仕様であると思う。

特に須田伸氏によるこの『次世代広告進化論』は、長年作り手として広告に携わってきたプロの立場から、今までのあり方では立ち行かなくなった広告に対する強い危機感に導かれて、後輩の広告制作者に対して真剣なメッセージをぶつけてきたという様相が強いからだと思う。

文中、初心者向けにかなり親切な脚注も付いているが、スタンスの中心に職業意識があるので、この本はやはり広告制作の現場やその周辺にいる人間、あるいは、日々広告を研究している研究者や学生が読んでこそ面白い内容であると思う。

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Tuesday, May 25, 2010

『使ってもらえる広告』須田和博(書評)

【5月25日特記】 今さらながらこの本を読んでみた。年初に発売されて結構評判になっているのは知っていたのだが、ま、読まなくてもいいかな、と何となくスルーしてきた。

ところが先日TBSメディア総研の前川英樹さんの講演をお聴きした際に、前川氏がこの本を引用されていたので、また思い出して、少し気になって、買ってみて読んだという次第だ。
前川氏が引用されたのは2箇所:

「『あー、おもしろかった!』で終わるコンテンツにしてはいけないということ。そこで終わると、ウェブ広告の場合は効果が尻すぼみになる。なぜなら、ウェブは無限空間だから。(中略)地上波テレビは、映像が流れるスペースが有限(チャンネル数×24時間)で、まだ救いがあるのだが、ウェブの場合は、なんとしても、“紹介スジ”に乗らなくてはいけない」(143ページ)

「CGMにアプローチするときに一番マズイのは『CGMを使ってやろう』といったエラそうな考え方だ。あくまでも『CGMの仲間に入れてもらう』という謙虚さが絶対に必要だ。なぜならCGMのユーザーたちは『プロの参入』も『資本の投下』も、基本的には歓迎しないからだ。そもそも『イラネ』なのである」(175ページ)

当然地上波テレビの人なので、テレビの観点からの引用である。で、僕もまたテレビの人間である。かつ、テレビの業界の中ではネットの世界にも一応詳しい方だ(と自分では思っている)。だから、読んでみて「目からウロコ」というほどの内容はとりたててなかった。ただ、いちいち「なるほど、確かに」と思うことの連続である。

そして、何よりも感じたのは、著者である須田氏の謙虚さであり、好奇心と探究心の旺盛さであり、発想の柔軟性である。そういう資質こそが、彼をして今の広告界をリードせしめ、かつ、こういう本を書かしめたのである。

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twitter 小論

【5月25日特記】 ここにも何度か書いているが、会社のアカウントで twitter をやっている。かなり踏み込んでやっている。twitter に批判的な方たちの言い方を借りれば、かなりのめり込んでいる、いや、血道を上げている、などと言うほうがぴったりなのかもしれない(笑)

某広告会社の部長は twitter をばっさりと斬り捨てた。「あれはお金になりません」と。

そう、新しいメディアやツールは、出てくるたびに必ずそういう風に取り沙汰されるものである。

しかし、さすがに電子メールが登場したときに、「あれはお金にならない」と言った人はいなかったのではないか? 電子メール(今では「電子」は必ず省略されることになったが)がコミュニケーションのツールであることは誰にも解ったし、そういうコミュニケーションはけしからんという主張をした人もいたけれど、いきなり金儲けに結びつけた人はいなかったはずである。

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Monday, May 24, 2010

「10年日記」の効用

【5月24日特記】 このブログにも何度か書いたかもしれないが、僕は「10年日記」を愛用している。ご存知のない方のために書くと、同じ日の10年分が1ページに収まっている日記である。

例えば今年の年初からつけるために昨年末に買ったとすると、1ページ目は1月1日で上から4行分が2010年用のスペースである。そのすぐ下の4行が2011年の1月1日、その下の4行が2012年の1月1日と続き、一番下の4行が2019年の1月1日である。

当然次のページは同じ構成で1月2日用のスペースが10年分並んでいる。

そういう形にしておくことによって、書き始めた年は単に1日分のスペースが狭いだけの、しかし、少し書けば埋まってしまうので続けるのが容易な日記、であるにすぎないが、翌年以降は、昨年の、一昨年の同じ日に自分は何をして何を思い、世の中ではどんなことが起こっていたのかを確認できる便利なものとなる。

で、これを続けていると、あまりにも自分がものを憶えていないことに唖然とするのである。

もちろん、去年の今日、晩ご飯に鯖の塩焼きを食べた、みたいなことは憶えているはずがない。もっと公的なトピックスであっても、例えば鳩山由紀夫が首相になったのがこの週であったのかもう1週あとであったのか、そんなことも忘れていて当然である。

しかし、そもそもこんな事件が起きたのだ、ということさえ忘れていることが、我ながらあまりにも多いのである。

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Sunday, May 23, 2010

今日の BGM#42

【5月23日特記】 さてと、今日も2回分併せて掲載。

  1. 機関車(小坂忠)
  2. きっと永遠に(Crystal Kay)
  3. 笑えさとりし人ヨ(吉田拓郎)
  4. 渋谷狩猟日記(MOONRIDERS)
  5. 二十世紀鋼鉄の男(MOONRIDERS)
  6. 宇宙ハワイ feat.ハナレグミ(アルファ)
  7. 港の見える丘(ちあきなおみ)
  8. あの娘に逢えたら(吉田拓郎)

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Saturday, May 22, 2010

映画『パーマネント野ばら』

【5月22日特記】 映画『パーマネント野ばら』を観てきた。これは良いぞ。侮れない佳作だ。

吉田大八監督。長編デビューの『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』が良かった。2作目の『クヒオ大佐』は、吉田監督とは知らず見落としてしまった。

西原理恵子の原作漫画を、『しゃべれども しゃべれども』(平山秀幸監督)やアニメ版『時をかける少女』(細田守監督)の奥寺佐渡子が見事に脚色している。原作を読んでいないので、どこまでが原作通りでどこからが彼女のオリジナルなのか分からないが、ともかく人間がよく描かれている。仏像に喩えるなら魂が入っている感じがする。

どこかの漁港の町。方言からすれば恐らく高知県だ。最初は高知出身でなくても気になるくらい出演者たちの土佐弁に違和感があったが、ストーリーが進むに連れて慣れてきた。

漁港とは言っても主な登場人物に漁師はいない。

舞台は街に1軒しかない美容室「パーマネント野ばら」。そこの店主がまさ子(夏木マリ)である。その「パーマ屋」は近所のおばちゃん(と言うか、年齢的にはむしろおばあちゃん)らがたむろする場になっている。話題はもっぱら「ちんこ」。彼女たちは何ヶ月も持つようなカチカチのパンチパーマを当ててくれと言い、事実みんなそんな髪型をしている。

そこに娘・もも(畠山紬)を連れて出戻ってきたのが、まさ子の一人娘のなおこ(菅野美穂)である。

街にはなおこが小さい頃からの親友、みっちゃん(小池栄子)とともちゃん(池脇千鶴)がいるが、彼女たちも揃いも揃って男運が悪い。

みっちゃんはフィリピン・パブのママをやっているが、亭主は店の女の子に順番に手を出しているような男。ついに嫉妬に狂ったみっちゃんは亭主の浮気相手のホステスを車で轢き殺そうとするなど、修羅場の連続である。

ともちゃんはともちゃんで、つきあう男つきあう男が悉く暴力を振るうタイプで、漸く暴力的でない男(山本浩司)を見つけて結婚したまでは良かったが、すぐに亭主はパチスロを皮切りに博打三昧。今は闇麻雀に嵌って家に帰って来ないのは愚か、どこにいるのかも定かでない。

他にも登場人物はいろいろと問題を抱えており、まさ子の夫(なおこの実父ではない)・カズオ(宇崎竜童)は家に帰らず同じ街で別の女と同居して農業をやっている。みっちゃんの父(本田博太郎)はボケが始まっていてとんでもない奇行に走る。

こういう結構悲惨な話が極めて明るくコミカルに描かれているのである(実際客席からは笑い声が絶えない)。

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Thursday, May 20, 2010

5/20 サイト更新情報

【5月20日特記】 サイトを更新しました(このブログのことではなく、併設する私のHPの更新案内です)。

今回も書評がひとつ、それからレギュラーで更新している言葉のエッセイの新作がひとつです。

書評は山本周五郎賞を受賞した白石一文の長編です。

エッセイのほうはいつもと比べて短めの文章になっています。たまにはこのくらい短いのも良いでしょう(などと勝手に思っています)。

という訳で今回の更新は下記の通り。

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Tuesday, May 18, 2010

『告白』マスコミ試写会

【5月18日特記】 映画『告白』のマスコミ試写会に行ってきた。原作に惹かれたのではない。中島哲也監督である。

『下妻物語』、『嫌われ松子の一生』、『パコと魔法の絵本』と、一貫して溢れんばかりの色彩の映画を撮ってきた監督である。それが、あの色彩などとは全く無縁に思える原作小説をどう料理したのか?

予告編を見る限り実際全般にモノクロっぽいではないか。中島監督は今回は色彩という飛び道具を封印してかかったのだろうか? ──それが興味の第1であった。

そして、いざ映画が始まると、原作小説とはミスマッチな感じの音楽が鳴っているではないか! こういうところでいきなり期待感を高めてくれるのである。

本屋大賞を獲得した湊かなえの原作を、僕は必ずしも高く評価していない。

ストーリーも文体も、如何にも頭で考えましたという人工的な感じがする。そして、なんと言っても人物の描き方が類型的で一面的だと思う。どうしてその人物がそんな行動をするに至ったのか、その背景をきちんと描いているように見えて、実は人物に対して一方向からしか光を当てていない気がする。

ところが驚いたことに中島監督はインタビューに答えてこんな風に語っているのである。

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Monday, May 17, 2010

かんぴょうって何?

【5月17日特記】 海苔巻きを食べていてふと思った──かんぴょうって何?

何か植物由来の食べ物だろうという見当はつくが、考えてみたらちゃんと知らない。イメージとしては、何かを煮て溶かして、型に流しこんで固めて、それを乾燥させたもの、みたいな気がするが、本当にそれで合っているのか? 元は一体どんな形をしたものだったのだろう?

漢字で書くと「干瓢」だから、ひょっとして干した瓢箪(ひょうたん)なのか?

急に気になって、手許にあった食品成分表で調べてみると、こう書いてある。

ユウガオの熟した実の白い果肉を、帯状に削って干したもの。濡らして塩で揉み、洗って茹でてから調味する。

なんと、夕顔である! 瓢箪ではないでないか!

気になって更にウィキで調べると、ユウガオはヒョウタン科であることが判って、その点は納得した。

しかし、何でそんなに面倒なことをしてまで食おうと思ったのか? 単に輪切りにして茹でたのでは駄目だったのか? ──多分固すぎるのだ。でも、それでも諦めずになんとか食べる術を編み出したのである。

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Sunday, May 16, 2010

映画『カケラ』

【5月16日特記】 映画『カケラ』を観てきた。

安藤モモ子という名前にピンと来なかったのだが、奥田瑛二と安藤和津の娘、安藤サクラの姉である。これは彼女の監督デビュー作で外国の映画祭では絶賛されたと言う。そんなこと全然知らずに観に行った。

そもそも僕は映画俳優が安易に映画監督をやることについては批判的で、と言うか、ま、映画監督やるのは自由なのでいくらでもやってもらったら良いのだが、あまり作品に期待する気にはなれないのである。何人かそういう監督の作品も見たし、感銘を受けた映画も確かにあるが、実際のところちょっとなあ、という感じのものも少なくない。そういうこともあって奥田瑛二の映画も見たことがない。

そして、このブログにもついこのあいだ書いたとおり、僕は元来親と同じ職業に就く人たちを軽蔑してたくらいである。奥田瑛二が映画を撮るのさえどうかなと思うのに、さらにその娘が映画を撮るとは何ごとか!となっても不思議ではない。それを考えると、安藤モモ子という名前にピンと来なくてよかったと思う。

パンフを読むと、ロンドン大学芸術学部を次席で卒業し、その後ニューヨーク大学で映画を学び、帰国後は奥田瑛二や行定勲の助監督についていたらしい。映画を見終わった感想としては、そういう経歴の中でちゃんと学ぶべきことを学んできた人なんだなあ、という感じがする。いや、ひょっとすると天性のセンスの問題なのかもしれないが…。

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Saturday, May 15, 2010

『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』白石一文(書評)

【5月15日特記】 (上下巻合わせての感想です)

この作家の作品を読むのは初めてなのだが、どうも僕は単行本の帯の宣伝文句に騙されることが多い。と言うか、帯のコピーを書いている人たちとセンスが合わないのだろう。

この本も下巻の帯の「現代社会の巨大システムそのものを描く(中略)フリードマン、マザーテレサ、キング牧師、湯浅誠、クルーグマン…思考と引用のタペストリーのなかで物語がうねる」という宣伝文句に惹かれて買ったのであるが、僕自身としてはリチャード・パワーズかスティーヴ・エリクソンかドン・デリーロみたいな、あまりに圧倒的で複雑で難解で、読んでいて頭がクラクラしてくるような小説をイメージしていたので、いざ読み始めてみると、あらら、意外に軽いな、という失望感に襲われた。

確かに経済学や政治学をはじめ、伝記から統計数字に至るまで、いろんな文章が引用される。だけど、これはそんなに驚くべきことだろうか? 僕らがものを考えるときに、頭の中でこのくらいいろんなことを参照していても珍しいことではないだろう。

この小説のポイントはそういうところにはないのだという気がする。この小説はそういう装飾一杯の格好をして、まっすぐに死生観に繋がって深く掘り下げて行く、むしろ一途な感じの作品なのだと思った。

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Friday, May 14, 2010

twitter による、「ブログ新時代」

【5月14日特記】 ブログが新しい時代に入ったような気がする。いや、ブログ自体に新しい性格が付け加わったというようなことではない。一時期ブームに乗って広がったものが最近は少し停滞していたが、ここに来て久しぶりに新たな広がりの局面を迎えたような気がするのである。

そして、それは twitter の力を借りてのことではないかな、と思うのである。

twitter については僕はこのブログでも何度か触れている。ただ、twitter は会社のアカ、ブログは個人のサイトという風に棲み分けているので、ブログのどこを見ても twitter のアカは書いていないし、同様に twitter の bio 欄にもブログやHPのURLは書かれていない。それに僕は会社関係者に直接ブログやHPのURLを教えることもめったにない。

まあ、でも、それはあくまで僕の場合であって、両方をリンクしている人は大変多いし、また両方をつなぐものはオンラインの世界だけではない。

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Tuesday, May 11, 2010

二世考、父親感

【5月11日特記】 世の中には親と同じ職業に就く人がいる。そして、その中には単に結果的にそうなったのではなく、かなり早い時期からそれを望み、それを目指してきた人がいる。僕にはその感覚がどうしても理解できなかった。

理解できなかった、などと書くと今では理解しているように見えるが、実のところ今以て理解はしていないのかもしれない。そういう人たちに対する理解は示せたとしても、結局のところ彼らの感じ方は理解できないままなのかもしれない。

だから僕は二世タレントに対しては大抵反感を抱いてきた。歌舞伎役者だけは、そういう世襲社会の中で運営されているので仕方がないと思ってきたが、それ以外の二世タレントについては概ね軽蔑してきた。いや、侮蔑してきたという表現のほうがしっくり来るだろうか。

理解できないからといって否定するのは、安易で、かつあるまじきことである──そういうことは一般論として分かっていながら、僕は親と同じ職業に就く人間に強い反発を持っていた。「親の七光り」で生きて行って何が楽しいのか、と。

そもそも親と同じ職業に就きたいなどと本気で思っている人がいるとは夢にも思わなかったので、結果的に親と同じ職業に就く者は、あちこちへの就職に悉く失敗して仕方なく親の情けで拾ってもらった落ちこぼれか、あるいは青雲の志を持たず、ただ安易な打算から職業を選んだ卑怯者だと思っていた。

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Sunday, May 09, 2010

入院のお見舞い

【5月9日特記】 明日、東京に出張したついでに、脳の悪性リンパ腫で入院治療中の同僚を見舞うことにした。

一時は、病状よりも死に対する恐怖心から、非常に悪い精神状態が続いていた彼だったが、少なくとも死はそんなに近くにはいないということがはっきり見えてきて、最近は明るさが出てきた。

そういう状況でお見舞いに行けるのは喜ばしいことである。

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Saturday, May 08, 2010

後片付けの方法

【5月8日特記】 食後の後片付けをする場合、我が家では妻が洗って僕が拭くという分担になることが多いのだが、妻が独りでやるとなると(あまりに量が多くない限り)まず全部の食器を洗ってから全部の食器を拭くという順番でやっているようだ。恐らくそれが一般的なやり方なのだろう。

僕が独りでやる場合は、1つの食器を洗剤で洗い、それを水(または湯)で流し、それを布巾で拭き、収納場所が近い場合はそのままそこに仕舞ってから、続いて次の食器を洗剤で洗い、水で流し…、というのを繰り返して行くことが多い。最近そういうやり方がとても好きになってきたのである。

これには一応理由がある。

作業を始める時、流しは洗い物の食器で溢れている。これを先に全部洗おうとすると、簡単なようで却々難しいのである。下手するとせっかく洗った食器に洗ってない食器の汚れがかかってしまうことになるのである。

そして、全部洗ってから全部水で流してきれいになった食器を置こうとすると、往々にして今度は置くスペースが足りなくなってくるのである。

僕のようにひとつずつ全工程を終えるやり方だと、大きなスペースを確保する必要がないのである。流しの一番上の食器を手に取り、洗剤をつけたスポンジで食器を洗い、それを片手に持ったまま蛇口をひねり、汚れと泡が落ちたらそのまま拭いて食器棚にしまう。それの繰り返しで、どこにも空きスペースを必要としない。

それどころか、流しのスペースがだんだん広がって行くのを見るのが大変気持ちが良いのである。

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Thursday, May 06, 2010

5/6 サイト更新情報

【5月6日特記】 サイトを更新しました(このブログのことではなく、併設する私のHPの更新案内です)。

今回はレギュラーで更新している言葉のエッセイの新作ひとつだけです。いつもはこれプラス最低でも書評1編くらいはあるのですが、GWを挟んだため読書が滞っております。暫しお待ちください。

ということで今回の更新は下記の通り。

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Tuesday, May 04, 2010

ノンフィクションW『ゆかいなダマされ方』

【5月4日特記】 溜まっていたビデオの消化。今日はノンフィクションW『ゆかいなダマされ方』。

WOWOW は長らくドラマWという企画を続けてきたが、最近はノンフィクションWという企画も盛んにやりだした。読んで字のごとく、ドラマに対するドキュメンタリの単発である。

今回見たのは2月に放送された"だまし絵"特集である。これはノンフィクションとかドキュメンタリと言うよりも、バラエティ構成である。スタジオとして使った美術館に司会のラサール石井、久保純子と、錯視を研究している大学の先生がいて、例を見て解説して行く。

まるでNHK教育みたいな番組である。スタジオの回しは別に何も面白くない。ただ、素材の面白さだけで充分見られる。

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Monday, May 03, 2010

一体どうしたら良いんだろ?

【5月3日特記】 最近文意をほとんど取れない読者というものが存在するのではないかと気づいて、ちょっと恐ろしい気がしている。

例えば僕が、

「○○さんは馬鹿だけど、めちゃくちゃ良い奴だ」

と書いたとする。まあ、そんなことは実際には多分 Web 上には書かない類の言説ではあるけど、分かりやすく説明するためにこの例を使おう。例えば僕がこの○○さんと実生活で懇意にしてたとすれば、twitter でそんな風に呟くことはあるかもしれない。

すると突然こういうレス(twitter なら「リプ」)が飛んでくるのである。

「あなたは何故、学歴だけで判断して他人の人格を全否定するのですか」

仰天するでしょ? 嘘だと思うでしょ?

でも、僕は何度かこういう例を経験しているのである。実際の例を書くわけには行かないのでかなりデフォルメしてはいるが、まさにこういう、「とんでもなく外してる」と言うしかないような反論が 飛んでくるのである。

ホームページであれブログであれ、Web 上に自分が書いたことがトラブルを招くことはある。幸いにして「炎上」というほどの惨事を招いたことはないが、僕も何度か痛い目には遭っている。

それは大抵は自分の書き方が悪かったせいである。あるいは、そもそも Web 上で取り上げるにはあまりに微妙で相応しくない話題を選んでしまったからである。なんであれ、それは自分の責任なのだからこれは諦めがつく、と言うか、諦めるしかない。トラブルの中でうんざりはしているが、どこかに吹っ切れている自分がいるのも確かである。

あとは誠意を持って言葉を足すべきところは足し、もし訂正すべきところがあるのであれば潔く訂正し、詫びるべきところは詫びるしかないのである。

しかし、上に挙げたような例の場合、これは諦めがつかない。対処にも迷うのである。

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Sunday, May 02, 2010

映画『武士道シックスティーン』

【5月2日特記】 映画『武士道シックスティーン』を観てきた。女子剣道部を舞台にした、まあ、言わば学園スポーツものである。

知らなかったのだが、同名の原作小説(誉田哲也・著)は随分売れて賞も獲り、熱狂的なファンもいるらしい。

で、主演は北乃きいと成海璃子なのだが、ここでは成海璃子が完全に憎まれ役・引き立て役に回って、見事に北乃きいの魅力全開の映画になっている。

と言っても、成海璃子の演ずる磯山香織という役柄が重要でないとか、充分描かれていないという意味ではない。それどころか、かなり強烈な役である。

握り飯を食いながら、あるいは鉄アレイを片手に宮本武蔵の『五輪書』を愛読する剣道エリートで、大声上げて鬼の形相で相手を叩きのめす(そして、それは剣道だけではなく私生活でも同じ)エキセントリックな役柄を上手に演じている。

『神童』、『あしたの私のつくり方』、『罪とか罰とか』、『山形スクリーム』、『シーサイドモーテル』と彼女の映画を見てきて、どうして成海璃子がこんなに使われるのか最近よく解らなくなって来ていたのだが、ああ、この子はこの線で、きっと巧い女優として生き残って行くんだろうなあという気がしてきた。

そして、成海璃子のこの「怪演」と言っても過言ではない演技によって、北乃きいが扮する、チャキチャキっとして天真爛漫で、でもどこか気弱な西荻早苗が見事に際立っている。そして、これはもちろん成海璃子だけの功績ではない。

北乃きいに関しては、僕は『幸福な食卓』と『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』しか見ていないが、この子にも確かに何かがある。インタビューを読むと、彼女が自分の役柄を、成海璃子の役柄との対照の中で、しっかりと捉えているのが解る。

そして、この2人の魅力を十全に引き出しているのが、古厩智之監督の手腕であると僕は思う。

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Saturday, May 01, 2010

ドラマW『一応の推定』

【5月1日特記】 連休に入ったので溜まっているビデオを消化しようと思い、まずは WOWOW で2月に放送されたドラマW『一応の推定』から手をつけた。

広川純による同名の原作小説があり、これは第13回の松本清張賞に輝いている。

脚本が竹山洋、監督が堀川とんこうという大ベテラン・コンビで、僕はどうも大ベテランの仕事を見くびる悪癖がある(笑)のだが、これが意外に面白くて最後まで飽きずに観た。

保険の調査員の話である。

被保険者が亡くなったとき、保険会社は下請けの調査会社を使って独自の調査をする。そして、その結果それが自殺であるという「一応の推定」というものが成立すると、保険会社は「無責」となって保険金を支払う必要がないのだそうだ。

ここでは詳しく書かないが、法律的にその「一応の推定」が成立するための4つの条件があり、調査員はそれをつぶさに調べて行く。

あらすじはこうである:

老人がホームから線路に落ちたところに列車が入ってきて、老人は即死する。事故とも自殺とも断定できない状況ではあったが、実は警察は事件性がないことだ けはっきりすると、それ以上あまり細かく捜査することはないのだ。

ただ、損保会社としては傷害保険の保険金を支払うかどうかが大きな問題であり、警察がほどほどに打ち切ったあとを承けて、調査員の執拗な追及が始まるので ある。

その調査会社の、定年目前の調査員に扮したのが柄本明である。彼には「正義のために」公正な仕事をしてきたという自負がある。そして、その柄本に対して「発注元」の立場で常に「上から目線」でものを言う、糞生意気な保険会社の若手社員に扮したのが平岡祐太である。

この2人がとても良かった。

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