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Sunday, May 02, 2010

映画『武士道シックスティーン』

【5月2日特記】 映画『武士道シックスティーン』を観てきた。女子剣道部を舞台にした、まあ、言わば学園スポーツものである。

知らなかったのだが、同名の原作小説(誉田哲也・著)は随分売れて賞も獲り、熱狂的なファンもいるらしい。

で、主演は北乃きいと成海璃子なのだが、ここでは成海璃子が完全に憎まれ役・引き立て役に回って、見事に北乃きいの魅力全開の映画になっている。

と言っても、成海璃子の演ずる磯山香織という役柄が重要でないとか、充分描かれていないという意味ではない。それどころか、かなり強烈な役である。

握り飯を食いながら、あるいは鉄アレイを片手に宮本武蔵の『五輪書』を愛読する剣道エリートで、大声上げて鬼の形相で相手を叩きのめす(そして、それは剣道だけではなく私生活でも同じ)エキセントリックな役柄を上手に演じている。

『神童』、『あしたの私のつくり方』、『罪とか罰とか』、『山形スクリーム』、『シーサイドモーテル』と彼女の映画を見てきて、どうして成海璃子がこんなに使われるのか最近よく解らなくなって来ていたのだが、ああ、この子はこの線で、きっと巧い女優として生き残って行くんだろうなあという気がしてきた。

そして、成海璃子のこの「怪演」と言っても過言ではない演技によって、北乃きいが扮する、チャキチャキっとして天真爛漫で、でもどこか気弱な西荻早苗が見事に際立っている。そして、これはもちろん成海璃子だけの功績ではない。

北乃きいに関しては、僕は『幸福な食卓』と『ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌』しか見ていないが、この子にも確かに何かがある。インタビューを読むと、彼女が自分の役柄を、成海璃子の役柄との対照の中で、しっかりと捉えているのが解る。

そして、この2人の魅力を十全に引き出しているのが、古厩智之監督の手腕であると僕は思う。

古厩作品に関して僕は、彼の出世作である『ロボコン』は見落としたのであるが、『さよならみどりちゃん』以来、『奈緒子』、『ホームレス中学生』と観て来て、これが4本目である。

彼の演出で今回気づいたのはそれぞれのカットの長さである。ここぞという時に長廻しを持って来る監督はたくさんいるが、この映画ではどのシーンでも比較的長めにカメラが廻っているのである(むしろ、ここぞというときに使われているのは短いカットの切り返しのほうである)。

途中でアングルを変えたくなるようなシーンでも1台のカメラが落ち着いて撮り続ける。だから、役者たちにしっかりと芝居をさせて、それを見せてくれる。もちろん、そういう局面で役者が下手な芝居をしてしまうと致命的なことになるが、役者たちもその演出に立派に応えている。少し感心してしまった。

だから、香織がフレームアウトして、残った早苗をカメラに収めているところに再び香織が戻ってくるとか、早苗と香織の台詞のやりとりのところで、カメラはずっと早苗の背後から香織の正面を撮っているために、台詞を言っているにも関わらず早苗は終始背中しか映らないとか、そういう構図が非常に印象に残った。

そして、大野敏哉と古厩智之による脚本も素晴らしかった。

靴を脱いで板張りの道を歩き始めた早苗の最初の台詞が「あっ、冷たくないんだ」だったり、剣道部監督(堀部圭亮)の言う「折れる心」とか、どこまでが原作オリジナルなのかは知らないが、とても良い表現が随所にある。

ストーリーの運びもとてもスムーズで、なんかリズム・セクションがしっかりしたバンドみたいに思えた。観ていて気持ちが良いのである。

改めてストーリーを紹介すると、中学時代に無敗であった磯山香織が、逃げてばかりの西荻早苗に一瞬の隙をつかれてメンを取られ、それが悔しくて早苗のいる中高一貫校を受験してきた、という話なのだが、そこからの2人の絡み方、そしてそれぞれの挫折と成長が小気味良く描かれている。

ただ、剣道のシーンにはやはり少し難があって、まず、香織が早苗にメンを取られるところで眼をつぶっていたのを見て「ありえねー!」と思った。中学チャンピオンになるほどの選手が打たれる瞬間に目をつぶったりはしないだろう。

僕も小学校時代に何年間か剣道場に通っていたのだが、剣道というのは見て分かりにくいスポーツである。自分では相手の頭にちゃんとヒットした手応えがあっても、きれいに入らないと審判の手は上がらない。やってるほうがそんな具合だから見ている方はなおさら解らない。

一本が取れるのは大抵は相手の一瞬の虚を突く形になった時だ。それを観客に見せるためだということは解るのだが、そこをスローモーションにしてしまうと本来「一瞬の虚」であったものが間延びしてしまって、わざと打たせたようにしか見えないのである(この点は、このブログにもよくコメントを寄せてくださっている hikomal 氏の受け売りになってしまった)。

ただ、これは見ているうちにあまり気にならなくなる。早苗の脇腹の痣とか、そういう小道具が効いているからかと思う。おかげで胴や小手などの防具をつけていない部分を打たれた痛みとか、(映画の中ではなかったが)竹刀が折れた時の手の感触とかが見ているうちにいろいろと甦ってきた。

合わせて若い頃の痛みや苦しみもいろいろと思い出して、苦々しいような清々しいような気にもなった。

これはバランスの取れた、なかなか良い映画だったと思う。少なくとも僕が観た古厩作品の中ではベストと言って良いのではないだろうか。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

Swing des Spoutniks
アロハ坊主の日がな一日

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