映画『アリス・イン・ワンダーランド』
【4月17日特記】 映画『アリス・イン・ワンダーランド』を観てきた。ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演(でもないか?)のディズニー映画である。
次々に華麗で刺激的な映像を展開してはくれるものの、ストーリーとしてはかなり浅くて、「ああ、面白かった」という感じで映画は軽く終わってしまう。別に何かが残るわけでもない。
しかし、「元が荒唐無稽なおとぎ話だから仕方がないじゃないか」と考えるのは実は誤りで、僕は浅くて軽いのは日本人の観客のほうではないかと思う。裏返せばこの原作があまりに深くて重すぎるために、日本人にはその真価が解らないのではないかという気がしてきた。
ふんだんに盛り込まれている言葉遊びの要素も我々にはごく一部しか解ってないし、恐らくは原作をそのまま活かした部分と、ティム・バートンがかなり独創的に変えてきた部分があったはずなのだが、じゃあ、どことどこがどうかと言われるとそれも定かには答えられない。
バートンのオリジナルの部分で一番大きな改変は、恐らくアリスの年齢を19歳という、原作よりはかなり上に設定したことだと思うのだが、僕自身の例を挙げれば、そんなことにさえパンフレットを読んで初めて気づくというありさまである。
もちろん、イギリス人ならそんなことは全て解っているかと言うと必ずしもそうではないのかもしれないが、しかし、どこかしら彼らには身体に染み付いた部分があるのではないかという気がする。
こういうのって、日本人で言うと何だろう? 童謡唱歌の類でもないし、忠臣蔵でもないし、かと言ってごんぎつねでもない。いくら考えても、日本でアリスに匹敵するような文学作品は思い出せないのである。
だから、原作が持つ意味の深さからは一旦離れるとして、僕がこのバートン版アリスから読み取ったのは、ちょっと変わってると言われる人たちへの愛である。それは、まるで僕に向けられた愛であるかのように思えた。
変わってて良いんだよ、変なことは変なことじゃないんだよ──それがバートンからの強いメッセージだったのではないかと思う。
映像的な面白さについてはくどくど書かないけど、いや、実によく出来ていて面白かった。
アリスの身体のサイズが大きくなったり小さくなったりしたり、バートン夫人であるヘレナ・ボナム=カーターが扮した赤の女王に至っては身体に対して顔がやたらデカいなど、いやはや特撮班は大変だったろうなあと思う。CGは完璧だ。
さて、当然3D版で見たのだが、これは立体的というよりレイヤー構造と言うべきものであった。あの「見ているだけで視力がどんどん良くなる」などという謳い文句がついている立体視の本とほぼ同じ見え方をしている(配られた眼鏡のレンズがベトベトに汚れていたのには参ったが…)。
そして、今日かかった予告編が全て3Dだったりするなど、映画界の3Dへの力の入り具合がよく分かる気がする。確か以前どこかに書いたと思うのだが、TVには今イチそぐわないにしても、観客が映画館に足を運ぶきっかけにはなるのではないだろうか。
ティム・バートンが原作に大胆に手を入れたことによって、まことにティム・バートンらしさがはっきりと表れた良い映画であったと思う(まあ、そのことさえ解らず、「へえ、『不思議の国のアリス』ってこんな話だったんだ」と思った日本人もいたはずだが…)。
しかし、それにしても『不思議の国のアリス』ではなく『アリス・イン・ワンダーランド』である。『指輪物語』ではなく『ロード・オブ・ザ・リング』で、『カリブの海賊』ではなく『パイレーツ・オブ・カリビアン』である等々、この傾向はどこまで続くのだろうか?
Comments
はじめまして。
同感です。「カラスとかきもの机」のなぞなぞといった言葉遊びは、吹き替えだとよく分からないと思いました・・・
ストーリーはもう少し掘り下げても良かったんじゃ・・・と思います。
Posted by: ゴーダイ | Sunday, April 18, 2010 00:00
> ゴーダイさん
あ、僕は字幕版を見たので Why is a raven like a writing desk? という英語は聞き取れましたが、答えは全然解りませんでした。
で、今、検索してみてやっと解りました。
答えは
Poe wrote on both!
これは難しいです。僕も raven という単語からすぐに Edgar Allan Poe の詩を思い出しはしましたが、そこまでが限界でした。
ほとんどの日本人にはこの面白さは伝わらないでしょうねw
Posted by: yama_eigh | Sunday, April 18, 2010 15:32
> バートンのオリジナルの部分で一番大きな改変は、恐らくアリスの年齢を19歳という、原作よりはかなり上に設定したことだと思うのだが、そんなことにさえ、パンフレットを読んで初めて気づくというありさまである。
結婚式のシーンから始まり、起業して社長にまでなっているのだから、気付かない人の方が少ないのではないでしょうか?
Posted by: | Wednesday, November 10, 2010 20:16
> 上の名無しさん
コメントありがとうございました。
この部分は実は自分自身の個人的なケースとして、「パンフレットを読むまで自分はそんなことにさえ気づかなくて、情けないありさまである」というつもりで書いたのですが、ご指摘を受けて読み返してみると、確かに一般の観客がそうであると言っているように読めますね。大変失礼しました。本文に少し筆を入れて意味を取りやすくなるように書き変えておきます。重ねて御礼申し上げます。
Posted by: yama_eigh | Wednesday, November 10, 2010 21:43