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Tuesday, April 27, 2010

無題

【4月27日更新】 「信じて諦めずに頑張っていれば夢はいつか必ず叶う」──ここ10年間ほどで、そういう言説が少しずつ幅を利かせ始めてないだろうか。ここのところ、映画とか小説とかでもそういう趣きのものが流行りになっているような気がする。

だが、僕はどうもそういうのが好きになれないのである。

確かに僕もそういうことを信じることの効用は信じる。挫けずにひたすら信じて頑張っている人は偉いなあと思う。ただ、その人がそのことを誰にも言わずに頑張っている分には何の問題もないのだが、それを口に出して、そしてそれが人間一般に拡張されたときに、それはとても危険なことだと思うのである。

「努力すれば必ず報われる」という発想は、ちょっと油断すると「結果が出ないのは努力が足りないからだ」という裏返しの命題にすげ変わってしまうことがあるのである。

そうなると、目標を達成できたかどうかを基準として、充分努力をしたかどうかを規定してしまうことになる。できない奴は努力の足りない奴なのであって、元々ハンディキャップを負っていたのでも運が悪かったのでもない、という理屈である。

──それは結果万能主義による独善であり、弱者切り捨て以外の何ものでもない。

そういう理屈がなぜ危ないかというと、それはそういう理屈が嘘だからである。

確かに、もう少し努力を続けていれば実ったかもしれないのに、という局面はあるだろう。だが、続けていたら実ったはずだとは誰にも断言できないはずだ。

夢が叶うとして、では、いつ叶うのか? それが200年後だと言うのであれば、それは騙しである。人間はそんなに長いこと生きていられない。では、努力さえ続けていれば生きているうちに必ず叶うと、何を根拠に言うのだろう?

努力をすれば必ず報われるのであれば、この世の中は勤勉な人間で溢れ返るだろう。そして、世界は今の100倍の速度で進歩するだろう。でも、実際はそうではない。

いくら努力しても全く報われないかもしれないのだ。だからこそ、夢を信じること、努力を続けることは尊いのではないか? 少なくとも僕は「信じてやっていればいつか報われる」みたいな脳天気な発想で生きて行く気にはならない。

いくらやっても全然ダメかも知れない。でも、そこに自分の何らかの決意があって、不安な気持ちにがんじがらめになりながら続けるという道を選んだのである。全然ダメかもしれないのにやるからこそ、信念や努力は尊いのではないだろうか?

ただここで僕らが云々すべきなのは、こういう考え方と「信じて頑張っていればいつか必ず叶う」という考え方とどちらが正しいか、ということではないのかもしれない。

どちらも単なる考え方に過ぎないのである。ただ、僕としては後者の考え方を押しつけられるのはまっぴらだというだけだ。

それはどういう人生観を持つかということであり、どういう個性で自分の人生を営んで行くかという問題であり、もっと推し進めれば、社会との関わりの中で自分をどんな風に売り込んで行くかという問題である。

僕はそういう人生観を持ち、そういう個性で自分の人生を規定し、社会との関わりの中ではそういう考え方を押し出して行きたいと思っている。

報われる保証はどこにもないのに、結局報われないかもしれないのに続けるからこそ、初めて努力は尊いのである。

そして、わざわざ言わなくても良いと言われるかもしれないが、あらためて言い直しておくと、君の努力は結局報われないかもしれないのである。人生には諦めたり捨てたりすることも必ず必要になってくるのである。だからこそ僕はそういう認識をしっかり持っていたほうが良いと思う。

努力は報われないかもしれないのである。もちろん、諦めずに続けるのは君の自由だが…。必ず報われるからではなく、君自身が決めるからこそそれは尊いのである。

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