映画『今度は愛妻家』
【1月24日特記】 映画『今度は愛妻家』を観てきた。
行定勲監督には、一躍にしてその名を知らしめた『GO』があり(残念ながら僕は観ていない)、その後もそこそこに評価が高かった『きょうのできごと』や『春の雪』、そして何であれ大ヒットになった『世界の中心で、愛をさけぶ』といった具合に話題作が続いたのだが、ここのところはっきり言ってパッとしない。
僕はここ3年間では『遠くの空に消えた』と『クローズド・ノート』を観ていて、後者は悪くないと思ったのだが、あまり高い評価も興行成績も得られなかったようだ。だが、この映画は却々良い。途中で中だるみするところが何箇所かあるが、全体としてはすごく良い映画だと思う。
タイトルから判るように、夫婦の話である──豊川悦司と薬師丸ひろ子。
薬師丸がまだ亭主に対して少女のような恋心を抱いているのに対して、亭主の豊川はぐうたらで、ろくに女房を構ってやらず、それどころかチャンスがあれば浮気をし、名の売れた写真家でありながら何があったのかここ1年は全然仕事もしていない。
その2人が住む洒落た一軒家でのシーンがほとんどなのだが、これが結構気の利いた台詞の応酬があったりして、まるで一場ものの舞台かアメリカのTVのシチュエーション・コメディを見ているような感じで、とても芝居っぽい映画である。
それもそのはずで、後でパンフレットを読んで知ったのだが、これは舞台が原作であった。中谷まゆみという脚本家によるものらしく、寡聞にして知らなかったのだが舞台も大ヒットしたと書いてある。それを行定組のメンバーである伊藤ちひろが映画用に脚色をしている。
だから必然的に非常に演劇的な映画になっている。つまり、あんまり映像的に凝ることもなく、役者に存分に芝居をさせて、それをたっぷり観客に見せてくれる。そういう映画では役者の技量の差が露骨に見えてしまうのだが、主役の2人を始め芸達者な俳優たちを揃えて非常に見応えがあった。セットの雰囲気も僕はとても気に入った。
この夫婦の他に、豊川の弟子である若いカメラマンに濱田岳、豊川にオーディション用の写真を撮ってもらう約束をして家に尋ねてくる女優の卵で水商売の女に水川あさみ、そして、何故だかこの家に頻繁に訪ねてくるオカマのおっさんに石橋蓮司が扮して、それぞれ強烈な個性を放っている。
映画が進行するに連れて、今までダンナにあれだけ尽くしてきた薬師丸もそろそろ豊川に愛想がつき始めてきているところが描かれる。ただ、局地的にコミカルな面白さはあるものの、今イチ筋運びにうねりがない。
で、中盤から僕は、「さて、この映画どうやって終わらせるのか?」、そして「このちょっと妙なタイトルの意味は何なのか?」が気になり始めていたのだが、終盤でちょっと意外なことになる。
この映画はここから先の筋を書くわけに行かないので隔靴掻痒の感があるが、これは却々見事な展開である。この大きな転換で、映画の前半で放ったらかしてあったいろんなことが繋がってくる。これは驚いた。本当に見事な本である。
だが、しかし、そこからまだ暫く続きがある。あそこで終りにしても良かったのではないかなあ、あそこで切った方が余韻があるのになあ、と思っているとまだ少し仕掛けがあって(こちらの方は先に見破ったけど)、そこからまた良い話が続いて行く。
脚本の中では、セックスと妊娠に関するエピソードだけはなんだかとてもいい加減に作ってあってやや興醒めだが、あとはとても巧い脚本だと思う。いや、原作の巧さなのだろうけど。
そして、終盤の、豊川が久しぶりに薬師丸をモデルに写真を撮るシーンが何とも言えず良いんだよなあ。何が良いのかよく判らないのだが、観ていてもう感極まってくるぐらい素敵なシーンだった。
僕は豊川悦司も薬師丸ひろ子も映画デビューの時(『12人の優しい日本人』/『野性の証明』)からのファンである。今まで映画館で豊川の作品は20本、薬師丸の作品は16本/17回観ているが、2人にとってこの作品は代表作になるのではないだろうか。特に豊川はあまり今までになかったような役柄であり、この映画で新境地を開いたように思う。
年初の公開なので年末の賞レースでは少し不利になるだろうな。もったいない気がする。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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