『学問』山田詠美(書評)
【11月26日特記】 読み始めてすぐに「やっぱり山田詠美は巧いなあ」と思う。
4つの章が5人の登場人物の内4人の死亡記事で始まるという構成もそうだが、文章そのものが巧い。だから、(小説としてはそうあって当然なのだが)何にも突っかかることなくスラスラと読み進める。
主人公の仁美は東京から静岡県美流間市に引っ越してきたその日に、小学校の同級生である心太(テンちゃん)と会う。心太はいきなり「おまえはヒトミっていうよりフトミだな。でぶってほどじゃあないけど、太い」と言う。
如何にも小学生が言いそうな、悪気はないけどある意味残酷な台詞である。この、いきなり失礼なあだ名をつけておきながらちっとも憎たらしい感じがしないところが、後にストーリーの芯となってくるテンちゃんの、子供でありながら不思議に身につけているカリスマ性を強く表現している。
果たして、仁美はその日からフトミになり、その日からテンちゃんに強く惹かれるのを感じる。そして他に2人の同級生──寝てばかりの千穂(チーホ)と食ってばかりの無量(ムリョ)の4人でつるんで遊ぶようになる。
この4人に、後にムリョと結婚することになる素子が加わるのだが、彼女は決してこの4人とつるもうとはしない。この設定によって、この4人の特殊な結束力が浮き彫りになってくる。「やっぱり山田詠美は巧いなあ」と思う。
そして、この作家である限り充分に予想された展開ではあるが、「性の目覚め」が時間的な縦軸になってくる。しかし、性の目覚めはあくまでストーリーを進めるための一方の軸であるにすぎず、必ずしも小説そのもののテーマではないのである。
読み進むにつれて4人(5人)が中学生になり、高校生になり、順番に初体験を済ませ、ああ、最後にテンちゃんとフトミが結ばれてフトミは女の幸せを知ったのでした──という終わり方をするのだろうと読者は単純に予想してしまうのだが、この作家は性に関してはそんな一筋縄で行く作家ではない。
いや、今回は決してもっと激しいものを描こうというのではない。ただ、この作家はもっと微妙に深いところを知っている作家だということだ。そこがこの小説のミソなのである。
もちろんネタバレになるのでここには書かないが、こういう展開のほうが如何にも「ありそう」だし、そして切ない。現実にありそうな切なさである。
ただ、終盤にかけて、少し考え考え書いているのが文章の隙間に見えてしまうところが残念である。
今まではフトミ、テンちゃん、チーホ、ムリョ、素子の姿しか見えていなかったのに、小説の終わりの方になるとそのキャラクターをどう動かそうか考えている山田詠美の姿が透けて見えてしまった感じがしたのである。この作家に関しては僕はこれが初めての体験である。
ありがちでストレートな展開を避けて探りながら書いたからこんな文章になってしまったのだろうか? その点は少し残念である。
そして、もう少しまっすぐセックスに踏み込んだ表現があると思っていたのに肩透かしされた感じもある。でも、こういう変な終わり方をしてくれたおかげで、逆に読後感をいつまでも引きずるようなところがある。
結局のところ、やっぱり山田詠美は巧いのである。ただ、確かに終盤は少しぎこちなかった。でも、不思議に余韻は深い。
Comments