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Saturday, October 31, 2009

映画『わたし出すわ』

【10月31日特記】 映画『わたし出すわ』を観てきた。

僕は普段から映画は基本的に監督のものだと思っているが、この作品ではまさにそのことを再確認することになった。この映画のように、オリジナル脚本を監督本人が書いているような場合にはなおさらそうなのである。

僕は、全部見ている訳ではないが、デビュー以来一貫して森田芳光監督のファンであるが、この映画はまさに「名人芸」の境地に入っていると思う。客の入りは悪かったが、とても良い映画である。そして、森田芳光にしか撮れない映画であると強く思った。

筋は単純だ。東京から故郷・函館に戻ってきた摩耶(小雪)が高校時代の同級生を順番に訪ね、彼らの夢を実現するため、彼らが挫折を乗り越えるため、彼らをピンチから救い出すために「わたし出すわ」と言って大金を渡して行く話である。

それぞれの額がいくらなのかは台詞で説明されたりしない。ただ、「わたし出すわ」と軽く言うような額でないことだけは確かだ。

彼女が東京でどのようにしてそんな大金を手にしたのかをみんな訝るが、映画の中ではあまり明確に描かれない。彼女が何で稼いだかということはこの映画では重要な要素ではないのである。

「そんな大金もらえないよ」とみんな一様に言うのだが、結局5人とももらう。もらって着実に使うものもいれば、結局使わない奴もいる。身を持ち崩す奴もいる。

そこにあるのは寂寥感である。ただ、ひたすらに寂寥感がある。

この映画はお金を扱っているが決して教訓的な映画ではない。問題は提示されていない。それは観客が自分で設定しなければならないのである。あくまで象徴的な映画なのである。

ロングの印象的な画が多い。そして、途中から画面が傾いてくる。全てのシーンではないが、かなり多くのシーンでカメラが水平を保っていない。気づかないようにこっそりとカメラを傾けているのではなく、水平や垂直が確認できるものが映っているシーンでわざとカメラを傾けるのである。

こんなちょっとしたことで、観ている者は不安になるのか、と改めて驚いた。

そう言えば、道上の妻が摩耶にお金を返しに来て喫茶店で話すシーンでは、2ショットの画を敢えて少しずつずらしてブツ切りにして、観ている者の神経をそっと逆撫でしてきた。やっぱりこのシーンでも我々は不安感を覚えるのである。

見始めてすぐに「これは2ショットの映画だ」と思った。登場人物は決して少なくはないが、ほとんどのシーンが摩耶と誰かの2ショットで構成されている。人間関係の本源的な部分を描き出していると思った。そして背景に収めたさまざまな風景。傾いた景色。

最後まで観て「ああ、なるほど、そういうことだったのか」という映画ではない。ある種、謎は放置される。だが、最後は決して開け放した感じではなく、しっかりと締めてくる。

5人の同級生に扮するのが、井坂俊哉、山中崇、小池栄子、小沢征悦、黒谷友香という、言わば脇役クラスの役者たちなのだが、いずれも奇跡的なくらい素晴らしい。そして、井坂の妻役の小山田サユリ、小池の夫役のピエール瀧を含めて、本当に見事なくらいの嵌り役であった。

印象的というのはこういう映画のことを言うのではないだろうか。森田芳光にしかできない、見事な映像作品だったと思う。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

ほぼ日刊 日々是映画 ブログ版

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