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Sunday, October 25, 2009

映画『ヴィヨンの妻』

【10月25日特記】 映画『ヴィヨンの妻』を観てきた。

かつてある人から「あなたはきっと猛烈な太宰ファンでしょう」と言われたことがあったが、全くそういうことはない。中高時代に幾つかは読んだけど、別に嵌ることもなかった。

今回見たのは根岸吉太郎監督だったから。『雪に願うこと』がとっても良くて、それ以来の作品だと思っていたのだが、その間に『サイドカーに犬』があったのを忘れていた(これも観ている)。

よくできた映画である。しかし、やりきれない映画でもある。観ていて本当にやりきれない気分になって来る。

僕はどうもやっぱり現代劇が好きで、少しでも時代が遡ってしまうとなかなかなじめない傾向がある。

この映画もそうだ。

セットを多用した画作りも素晴らしいのだが、とりわけ見事なのは台本で、太宰のいろんな作品からいろんなエピソードや台詞を引いてきて、それを名人芸としか言えないような形で1つの映画に再構成している。

そして、役者が皆素晴らしい。

脚本の田中陽造はなんと最初から太宰(この映画では「大谷」になってるけど)の妻を松たか子に当て書きしたのだそうである。僕は正直あんまり好きな女優さんではないのだが、まあ、とても自然で、かつ印象に残る演技だった。

何よりも良かったのは、「大谷」役の浅野忠信で、いやあ、本当に巧い! 恐らく本物の太宰治かくやあらん、と思わせる、気弱でナイーヴで、本当は誠実なのにその裏返しで身勝手で投げやりで、そして不思議なユーモアの感覚を持つ作家を「怪演した」と言って良いのではないか。

そして、彼のすごさは、これだけタイプの違う役を演じていながら、『HELPLESS』も『ねじ式』も『風花』も『茶の味』も『SURVIVE STYLE 5+』も『エリ・エリ レマ サバクタニ』も『ナイスの森』も『サッド ヴァケイション』も、どれもこれも「地続きの」演技である感じがするところである。

「大谷」の愛人役の広末涼子は本人も驚いたような意表を突くキャスティングだったが、これも成功。ラスト近くの、松とすれ違う時の表情が印象深い。

松たか子に岡惚れする妻夫木聡も彼らしい好青年で、浅野と呑み交わすシーンが非常に面白かった。

そして、これら登場人物の中でも最も屈折していて重要な役どころの弁護士を演じたのが堤真一である。あんまりいろんなタイプの役を演じ分けられる人ではないと思うのだが、これは余人をもって代えがたい嵌り役だった。

という訳で、脚本も美術もカメラも役者も、みんな良かったのだが、しかし、どこかのめりこめない自分がいるのである。それは「どうして今この作品なんだ?」というテーマ性の問題なのである。

根岸監督はインタビューの中で太宰の小説は“現代的”であると答えているが、僕にはどうもそうは思えない。これはやはり旧い時代の社会的抑制の中で呻吟し、旧い時代の世界観や倫理観の中で悶絶している図にすぎないと感じた。

何でも撮りたいものを撮れば良いのであるが、しかし、これは今見せるべき、そして今見るべき映画なのかどうか、ということが分からなくなってくるのである。

「女には幸せも不幸もない」なんて、もう、やりきれない台詞ではないか。「男には不幸しかない」と言って死にたがっている太宰にしても、小説家としては成功の絶頂にあった男である。今、そういう境遇の嘆きや悩みが共感を得る時代なのだろうか?

ある種壮絶な話なんだけれども、松たか子の持ち味もあって、少しまろやかになっている。これは明らかに制作者の狙いなんだろうけど、逆にそれが作品としてのキレをなくしてしまっているようにも思える。

浅野忠信はインタビューの中で「人間の本質である“弱さ”をえぐりだしている」という表現をしている。確かに弱さはえぐり出しているが、これだけ社会制度が変貌してしまうと現代に通じる普遍性がないように思う。

今の若者たちがこういう作品に接すると、きっと自分勝手なはき違えをするだけなのではないだろうか。

かつては結構たくさんいたこういうタイプの男たちを見ていると、ただ僕はやりきれない気分になるだけなのである。そして、ひょっとしてこういう男たちのそういう部分に勘違いした共感を得る若者がいるのではないかと思うと、なおさらやりきれない気分になるのである。

『おくりびと』と同じように海外では受ける作品なのかもしれない。また、出来からすれば海外に誇っても良い作品なのかもしれない。

でも、僕にとってはいささかやりきれなさばかりが残った映画だった。

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