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Sunday, October 04, 2009

映画『空気人形』

【10月4日特記】 映画『空気人形』を観てきた。

是枝裕和監督に関しては1995年のデビュー作『幻の光』を観て(12月10日、十三第七藝術劇場。ちなみに江角マキコと浅野忠信の舞台挨拶も見た)、良い映画だとは思ったのだが、なんか「ああ、でも、この監督の作品はもう一生見なくてもいいわ」と、言わば見限ってしまったのである。

だから『ワンダフルライフ』と『DISTANCE』は観なかった。ところが『誰も知らない』がカンヌで賞をもらったりしたもんだから、やっぱり気になって観てみた。で、この作品にものすごく感銘を受けたと言うほどでもなかったのだが、結局それ以降の作品、『花よりもなほ』、『歩いても 歩いても』は続けて観ている。

昨年のキネマ旬報ベストテンでは1位に『おくりびと』が選ばれたが、まあ、あれが出来の悪い映画だという気はさらさらないが、どう考えてもアカデミー賞受賞の熱に浮かされて、審査員たちが粗忽な判断をしてしまったのだと僕は思っていて、順当であれば橋口亮輔監督の『ぐるりのこと』か是枝監督の『歩いても 歩いても』が獲るところだったと考えている(この意見に賛同してくれる人は結構多い)。

是枝監督のすごいところは観るたびになんか深くなって行っている感じがすることである。

で、ここのところ割合写実的な映画が続いたが、今回はメルヘンである。

メルヘンなどと言うと子供向けのおとぎ話ということになるが、子供の話には出てきそうもないが出てくる──それがタイトルにもなっている「空気人形」で、「空気人形」などと言うとなんのことだか判りにくいが、要するにダッチワイフである。

ダッチワイフがどんなものかご存じない女性の方も多いのかもしれないが(と言いながら僕自身も「使った」ことはおろか現実に目にしたこともないのであるが)、ちゃんとシリコン製の女性器が象ってあって用が足りるようになっている。

ここで出てくるのは空気で膨らませるタイプの時代遅れの安ものである。その空気人形と一緒に暮らしているのが板尾創路である。空気人形に名前をつけ、話しかけ、一緒に夕食し、入浴し、性交する。

その空気人形がある日突然心を持ってしまい、ひとりでに起き上り、街へ出る。その心を持った空気人形になっているのがペ・ドゥナである。

街へ出た人形は、あまりに世間のことを知らないし、だいいち首から脇腹から足にいたるまで繋ぎ目の線が現れていたりするくらいだから皆もっと訝って不思議はないはずだが、何故だがそういう目では見られずに受け入れられる。

この辺りがリアリズムではなくメルヘンと書いた所以である。そして、人形はレンタルビデオ屋の店員(髪の毛を染めたり頭を剃ったり顔ピアスをしたりしていないので暫く誰だか判らなかったがARATAだった)に恋をして、その店でアルバイトとして雇われ、そして彼からこの世の中のいろんなことを学んで行く。

ペ・ドゥナがいかにもそういう環境にある空気人形という感じで見ていて引き込まれてしまう。

まあ、もう、何とも言えない凄い作品だ。人間が言葉を憶える以前の(ここでの「以前」は時間的な前後関係を言うのではない)心のどこか奥深い箇所に触れてくる。

ロケーションが凄い。東京湾岸の忘れ去られたような集落──ここを舞台にしたことが何だか分からないが特別な意味を与えているような気がする。

カメラワークが凄い。長くは廻さない。ゆっくり動いている。画面一杯にペ・ドゥナを映すかと思ったら、ごちゃごちゃした街の俯瞰、そして堤防(?)の向こうの巨大なマンション(?)群。

そしてラムネの瓶の音。

これは詩だ。「言葉を憶える以前の」などと書きながら詩だなどと言うのは矛盾しているが、文章に喩えるなら散文ではなく詩になる。

多様なものがそこには渦巻いていて、心の中をかき混ぜられるような感じがある。いろんな感慨がまだらになって浮かんでくる。エロティックで、不思議で、綺麗で、切なくて、あからさまで、残酷で、儚くて・・・。

しかし全体をそのまま味わうべきものであって、分析を許さないようなところがある。

空気を吹き込むエピソードが凄い。そして空気人形の製作者であるオダギリジョーとペ・ドゥナとのシーンの台詞が凄い。で、そのまま終わっても充分余韻たっぷりなはずなのに、最後に凄惨なシーンを挟み、幻想的で救いに満ちたシーンを差し込み、そして美しく儚く映画は終わって行く。

見終わった自分の中でいろんなイメージが溢れ返っているのを感じる。こんなに素晴らしい映画なのに映画館がガラガラなのはとてももったいないと思った。でも、終わって照明が明るくなっているのに明らかに席を立つことができない観客が何人かいた。

少し気になったのは女性はどうなんだろう?ということ。女性客の中には「板尾創路もARATAもヘンタイだ」のひと言で終わらせる人もいるのではないかと思うと残念で仕方がない。

今年はキネ旬ベストテンの1位が獲れるかどうかは分からない。でも間違いなく10位以内には選ばれるだろう。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

本日も天真爛漫
soramove
Swing des Spoutniks

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Comments

yama-eighさん

私一応女性ですが、これまで漠然と理解していた利用方法だけでなく
食卓に一緒に座って今日一日の出来事を話しかけたり、
車いすに乗せて一緒に夜の公園へ出かけたり
寒いから1本のマフラーを二人で巻いたりしているのを見て
生身の女性と付き合いたくない男性が多いのも、わかるような気がしてしまいました。

空気の場面は、恥じらう人形も、
息で満たしてほしい、満たしたいと思う気持ちも
とっても、エロティックでどきどきしました。

映画の日の新宿バルト9は、満席でした。
男女半々かな。
終演後の客席は、余韻に満ちた静けさでしたよ。

Posted by: ksks | Sunday, October 04, 2009 21:28

> ksksさん

えっ、女だったの?──というお決まりのツッコミはまあ良いとして、そうですか満員ですか。そりゃ良かった。

Posted by: yama_eigh | Sunday, October 04, 2009 23:04

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