『ファントム・ピークス』北林一光(書評)
【8月11日特記】 会社の先輩にもらった本である。著者はその先輩の仕事上の知人であったが、癌で他界したとのこと。もともと映画会社にいた人だそうで、黒沢清監督があとがきを書いている。
僕は人から本をもらったり借りたりして読むことはめったにないのだが、帯に「宮部みゆき氏絶賛」とあったのが目に留まったのである。そして、その判断は当たっていた。
作家としてのキャリアが浅いとはまるで思えないほどしっかりとした文章がかける人である。だから、すらすらと読み進める。
話は主人公の三井周平の妻・杳子が北アルプス常念岳の麓の自宅に程近い山中で、何者かに襲われて死ぬところから始まる。それが何者なのか明かされないまま、悲嘆に暮れる周平が描かれ、やがて第2、第3の犠牲者が出るところまで描かれる。
それが「獣」っぽいものであることは書かれているのだが、明確に何なのか明かさないまま進んで行くところが非常に怖い。僕はディーン・R・クーンツの『ウォッチャーズ』を思い出した。
だが、『ウォッチャーズ』とは違って、中盤辺りで「犯人」が何者なのかはあっさりと明かされてしまう。はて、こんなに早く明かしてしまってここから先、持つのかな?と心配になったのだが、いやいや、筆致の確かさを見せてくれるのはむしろそこから先であった。
それまでは人が(特に女性ばかりが)襲われるさまが、いや襲われる直前までのさまが、言わば第三者的に描かれていたのが、そこから先は主要登場人物たちと「犯人」との直接対決の描写に変わる。
語られているストーリーは単純そのものなのだが、ひとえに作家の構成力によって、それは息をもつかせぬ読み物に仕上がっている。どうしてその「犯人」が野に放たれたのかという設定も、とてもよく練られたものであり、嘘っぽさのない名作だと思う。
もっと生きてもっと書いていたら、ひょっとしたらこの分野で日本を代表する作家になっていたかもしれないのになあ──そんな気にさえなる小説だった。面白かった。
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