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Wednesday, July 08, 2009

続「便所飯」を考える

【7月8日追記】 昨日書いたことについてもう少し思い巡らせてみた。

たとえば僕らが学生だった頃、なんて言うともう30年前のことだから、そんな話参考にも何にもならないから聞きたくないと言われるかもしれないが、まあ、構わず話を続けると、僕らが学生だった頃は、食堂でひとりで飯食ってる奴は別に珍しくも何ともなかった。

ある貧乏学生はいつもひとりで小ライスをおかずに大ライスを食っていた。あのころ学食で大ライスが多分70円、小ライスが40円くらいだったから、あれが一番小額で満腹になる組合せだったのかもしれない。

僕らはいつも柱の陰から彼の食事姿を見て「きっといつか栄養失調で倒れるぞ」と笑ったり心配したりしてたけど、ひとりで飯食ってること自体をとやかく思ったことはなかった。そういう時代だったんだろう。

ひとりで飯食ってても友だちが食堂にやってきて2人や3人になることだってしょっちゅうあった。そんな時、僕らはこんなふうにからかったりふざけたりしたもんだ。

「なんや、お前、一緒に飯食うてくれる友だちもおらんのんか。淋しいなあ」
「あほか、俺は今日はちょっと独りで瞑想に耽っとっただけや」
「何が瞑想や? お前そもそも食うばっかりで、ものなんか考えたことないやないか」

等々。

今の学生さんはこんな風に口に出して茶化したりしないんだろうなあ。こういう風に言ってしまうと軽くなるんだけどね。

いや、ダメか。今こんな風にちょっとおちょくったりするとすぐに逆恨みされて殺されたりするもんなあ。

本当に君たちは窮屈な時代に生きているんだなあと同情するよ。

でも、みんなが内に籠るから窮屈になるんだよね。

からかっておちょくって、またからかわれておちょくられて、たまには腹立てたりムッとしたりすることもあるかもしれないけど、そこはうまく冗談で返したり、はぐらかして流したり、強烈な皮肉で反撃して黙らせたり、まあ、そういう風にいろんなバリエーションを探りながら、結局はするりと泳いで行くのが精神衛生上は一番よろしいと思うんだけどな・・・。

どっちにしても、なんか外向きの解決法を探ってみませんか?

あ、ところで昨日の記事で「朝日新聞関西版には便所飯の記事が載ってなかった」と書いたけれど、1日遅れで関西版にも掲載されてました。もっとも1面ではなかったけどね。

こんなもん、1面に載せる記事ではないわな。そういう取り上げ方がまた、事態を深刻にしているような気もするなあ。うん、もう少し軽く行こうよ。

僕を知っている人は、僕が「軽く行こうよ」なんて書いているのを見つけたらきっと嗤うだろうけどね。

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