『ウェブはバカと暇人のもの』中川淳一郎(書評)
【7月6日特記】 僕が惹かれたのは『バカと暇人』という扇情的で挑発的なタイトルではなく、『現場からのネット敗北宣言』というサブタイトルのほうだった。そこには「対岸の火事」でも「傍目八目」でもない、言わば膝までぬかるみに浸かってしまった現場的な悲痛な叫びが感じられる。
高みからでも遠くからでもなく、斜に構えるのでも卑屈になるのでもなく、全ての現象の渦中にあって身を以て獲得した実感が込められている。──僕はそこに共感してこの本を手に取り、読み終えてやはり否定できない共感がある。
この本は全てのウェブ万能論的な言説に対する異論であり、「はじめに」のパートでは象徴的に『ウェブ進化論』(梅田望夫・著)が槍玉に挙げられている。
そして、当の梅田望夫氏がこの本を読んで「彼の書き方はフェアだなという感じはちょっとしたんですね。そう言われればそういう切り分け方はあるんだろうなと思った」(ITmediaのインタビュー)となまじ否定的でもないことを言っているように、どうしようもなく痛いところを突いているのである。
多くを語らないままウェブ評論的な仕事から手を引いてしまった梅田氏は、まさにこの本にあるような障壁にぶち当たってしまったのではないだろうかと想像がつく。
しかし、よく読めば著者は『ウェブ進化論』的なる考えを全面否定し、梅田望夫的なる営みを徹底罵倒しようとしているのではない。ここら辺りがこの著者の偉いところであり、何故それができるかと言えば彼が長らく「現場」に腰を据えて自分の眼で見て自分で考えて乗りきって来たからである。
著者は言う:「もちろん、知的で生産性のあるコミュニティは存在するし、ネットを使ってさまざまなものを生み出している人はいる。だが、多くの人にとってネットは単に暇つぶしの多様化をもたらしただけだろう」(241ページ)と。
これはこんな風に言い換えることだって可能ではある:「もちろん、多くの人にとってネットは単に暇つぶしの多様化をもたらしただけかもしれない。だが、知的で生産性のあるコミュニティは存在するし、ネットを使ってさまざまなものを生み出している人がいるのも確かである」と。しかし、そういう語順で語る気にはどうしてもなれないところに、ウェブの持つどうしようもない暗黒があるのである。
できれば『ウェブ進化論』とセットで読むのが良いと思う。あれもなかなかポイントを突いた名著であると思う。そして、この本はそれに対する反面の真理である。あくまで「半面」の真理でしかないが、どうしても拭い去ることのできない「半面」なのである。
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