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Tuesday, July 07, 2009

「便所飯」を考える

【7月7日特記】 朝日新聞が昨日の夕刊に若者の「便所飯」の記事を書いて物議を醸しているらしい。関西版では見なかったので、きっと関東ローカルの記事なのかな? 1面トップだったというから驚き。

まあ、見出し読んだだけで想像はつくのだけれど、最近の大学生などは独りで食事をしているのを見られて「一緒に食べてくれる友だちがいない奴だ」と思われるのが怖くて、なんと便所の個室に籠って食べるのだという。

すでに「一体何を根拠に便所飯が“広がっている”と書いたのか?」との異論も出ているらしく、どこまで信用して良いのか判らないが、ま、学生の中にある程度そういう心情が共有されているというくらいの真実性はあるのではないかと想像する。

これは小学生にして既に担任教師から「孤独を愛する少年」と言われ、中学時代の懇談では母が担任から「ニヒルなお子さんをお持ちですね」と指摘された僕からすると、まるで理解できない心情である(笑)

僕からすればそんなこと(つまり、独りで食事をしていて友だちがいない奴と思われること)よりも、トイレで食べていたのがバレて「友だちがいないと思われるのが怖くて、独りで食堂で食べることさえできない奴」と思われるほうがよっぽど怖いけどなあ。

なんでも考え過ぎるきらいのある僕らしい発想かもしれないけれど、でも冷静に考えればそっちのリスクのほうが大きいんじゃないだろうか?

僕は独りでいることに何の苦もなかった(今もないし、これからもきっとない)けれど、もし独りがそんなに辛いなら食堂で会った誰かに「兄ちゃん、一緒に食わへん?」と声かけりゃいいんじゃないの? いや、知らない奴でなくて良いよ。話したことなくても同じクラスとかの顔見知りに声かけりゃいいじゃん? 食堂行きゃひとりやふたりはいるだろう?

それもできないんなら本当に友だちができない奴だから仕方ないっしょ。別に友だち少なくても構わんでしょ? あ、それはダメ?

うーむ、君らは随分苦しい青春を生きているんだね。呆れる前にちょっと同情してしまう。でも、どっかでその悪循環から抜けないと、縄はどんどん肌身に喰い込んでくるだけだよ、きっと。

ある時期、僕にとって「独り」は「カッコいい」ことだった。それは僕独りがそう思っているのであって周りのみんなはそうではないかもしれなかったが、それでも良いと思っていた。

でも、気がついてみると周りからは「カッコいい」と思われるどころか、「理解できない気持ち悪い奴だ」という見方もかなりされているということに気づいて、そこから自分なりに少し修正もしてきた。

生きるってそんなことだと思うんだけどなあ。つまり、どんなに運が良くても生きている間ずっとカッコよくはいられない。人生のうちの最低でも何年間かはカッコ悪い自分と折り合いをつけるしかないんだ、ってね。

ま、何より便所で食うとまずいでしょ。まず、飯食ってから便所でゆっくり考えてみてよ。ほなね。

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