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Saturday, May 16, 2009

映画『おと な  り』

【5月16日特記】 映画『おと な  り』を観てきた。

『おと・な・り』という表記もあって、「なんだこの無駄なスペースや中グロは?」と思ったのだが、映画が始まってすぐに「ああ、音が鳴るという意味でそんな表記にしてあるのか」と気づいた。「大人」も掛けてあるのかもしれない。

古いアパートの隣同士に住む七緒(麻生久美子)と聡(岡田准一)。お互いに顔を合せたことはないが、壁が薄いので互いの生活音が丸聞こえになっている。

──聡が帰宅した時にまず聞こえるキーチェーンの音。コーヒーミルで豆を挽く音。七緒が帰ってきてドアを開けたら揺れる火箸風鈴の音。加湿器の水が切れた時のアラーム・・・。

ああ、そう言えば、こんな風に音を特徴的に扱っていた映画があった。あれは何だったろう、と考えたら思い出した──『ある朝スウプは』だった。

あの映画では生活音は心をザワザワさせる不吉な響きだった。でも、この映画では隣家の生活音が心をほっとさせる要素になっている。

聞こえる音は七緒のほうがバラエティに富んでいる。

聡のほうはキーチェーンとコーヒーミルくらい。彼は写真家である(タイアップとは言え、いつも持っているカメラが SONY というのはちょっと違和感があったが)。高校の同級生だったカリスマ・モデルのシンゴ(池内博之)の写真集で成功を遂げた。だが、本当は風景写真を撮りたい。

七緒はフラワーデザイナーを目指す花屋店員である。だから、帰宅したらすぐにブラシで爪の間を洗い落とす音。鋏で花木を切る音。留学に向けて勉強しているフランス語のテープの音(ただし、ヘッドフォンで聴いているので、聞こえるのは七緒の復唱だけ)。特徴的なくしゃみ。鼻歌(いつも決まって『風をあつめて』)。

2006年に『虹の女神 Rainbow Song』という映画があって、観ようかどうしようかと思っているうちに終わってしまって、年が明けたらキネ旬の26位にランクされていて悔しい思いをした記憶がある。

その映画の監督が熊澤尚人である。それ以来一度は観たい監督だったのだが、今日観てみて、本当に良い監督、巧い監督であることが分かった。

脚本の功績も大きいのだが、人間には誰にでも、ちょっとした嫌な面、ちょっとした弱い面、醜い面があるのだという感じが非常によく出ている。前半は特に、観ていてちょっとイラッとしたり、心がざらついた感じになったりする。

イラッとしたりざらついたりするのがどこが良い映画なのだ?と言われるかもしれないが、これは観てもらうしかない。まさに、そういうところが他に類を見ない凄みになっている。

で、カメラがじっとしてなくて、なんかのそっとゆっくり動いてるんですよね。これも非常に特徴的。なんか観客に語りかけてくるような、あるいは逆に神経に触るようなところがある。

脚本は熊澤監督と何度も組んできたまなべゆきこ。

ある程度ストーリー展開で押す映画でもある(決してそれだけじゃないけど)ので筋は詳しく書けないが、非常によく考えられた筋立てである。まず薄い壁に挟まれた見知らぬ2人という設定が面白いが、そこから先の動かし方も非常に巧みである。。

観ている人は当然この2人がいつ顔を合わせて、どのように恋に落ちるのだろう、と期待するのだが、2人の話はずっと別々に進行したまま一向に繋がらないのである。この辺の間の持たせ方はなかなか見事である。

そんな中シンゴが失踪し、シンゴの恋人茜(谷村美月)が聡の元に転がりこんだり、一方、七緒のほうではいつも行くコンビニの店員・氷室(岡田義徳)が近づいてきたりというストーリー上の変化がある。こういう起伏のつけ方も大変巧い。でも、まだふたりは薄い壁越しに繋がらないまま話は進むのである。

そして、最後にこの物語はどう収束するのか? それまた、とても巧いし、美しい物語である。

ともかく岡田准一と麻生久美子が溜息をつきたくなるくらいに巧い。だから画も締まるしテンポも良くなる。脇役でも谷村美月や市川実日子がびっくりするくらい良い演技をしている。モノローグを排した、言葉も少なめな脚本なのでちょっと解りにくいところもあるが、画で充分気づかせてくれる。それこそ画で語る映画であった。

スタッフ/キャスト・ロール(黒味にテロップ)に聡と七緒の会話だけを載せたエンディングも秀逸。

観て良かった。拾い物の佳作である。心があったかくなった。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

soramove
LOVE Cinemas 調布

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Comments

エンドロールの映像なしの会話はよかったですよね。

Posted by: まりっぺ | Sunday, May 31, 2009 at 09:05

> まりっぺさん

どうも。そう、ああいう設定を考え出したところもさることながら、実際に交されている会話の内容が、音だけでいろんなこと観客に伝えていて、そこがすごいんですよね。

Posted by: yama_eigh | Sunday, May 31, 2009 at 10:34

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