映画『ホノカアボーイ』
【3月29日特記】 映画『ホノカアボーイ』を観てきた。
監督の名前で映画を選ぶことの多い僕が、何故この聞いたこともない監督の映画を観たいと思ったかと言えば、それは Honokaa というハワイ語の響きに魅かれたからである。
── h, k, l, m, n, p, w という、たった7つの子音と5つの母音の組合せによる、たおやかでゆったりとしたハワイ語の響き。そして、この映画もきっとそういう映画ではないかという仄かな予感。
果たして、これは拾い物の、すごく良い映画だった。
冒頭のシーンは(ハワイの映画だと知っているから、そう判るのだが)ハワイ島かマウイ島あたりの火山地帯(実はハワイ島)。一面黒い土の中を1台の車が走ってくる。そして停まる。女の子が降りる。運転席には男の子。
カメラがなかなか寄らない。降りた女の子が少し歩いて岩陰に消える。やがてカメラが寄って来て、彼らが岡田将生と蒼井優が扮する日本からの旅行者カップル・レオとカオルだと判る。
女の子は苛立っている。道に迷ってこんな山奥に入り込んでしまい、それを責めるとレオはいつも通り都合が悪いと黙り込んでしまう。カオルはそのことを知っていて、わざと「私のこと、好き?」などと袋小路に追い詰める。──蒼井優が相変わらず巧い。
この蒼井優の苛立ち方を見ていると、あ、そうか、さっき車を降りたのは道に迷って何もない山奥を長時間走っている間におしっこが我慢できなくなったのだ、と気づく。つきあい始めて間もない女の子にとっては耐え難い状況に追い込まれていた訳だ。
しかし、このシーンはエピローグであり、次のシーンが始まる時には半年が過ぎており、当然2人は別れていて、この時通り過ぎた町・ホノカアに、レオは大学を休学してやってきたのである。今は街で1つしかない映画館の映写技師(チャズ・マン)の助手として働いている。
映画館には他に経営者であり無類の食いしん坊のエデリ(松坂慶子)、ポップコーン売りのジェームズ(トム・スズキ)がおり、近所には暇で居眠りばかりしている床屋のみずえ(正司照枝)、80過ぎたエロじじいのコイチ(喜味こいし)、悪戯好きの偏屈ばばあ・ビー(倍賞千恵子)ら、多くの日系人が住んでいる。
映画はレオとビーの不思議な交流をメインにして、ほっこり笑えるさまざまなエピソードを織り込みながら進んで行く。ビーが作るどれもこれも美味しそうなメニューの数々もこの映画に独特の花を添えている。
で、冒頭のシーンからそのままカメラがとにかく寄って来ない。ずっと引いている。クロース・アップはおろか、バスト・ショットさえ1回もない(多分なかった)。
そしてこの引いた絵がとても美しい。画面を大きく使って、そのどこかの一部分に人物を収め、あるいは人を動かし、背景に雄大で清々しい自然や温かみの感じられるハワイの建造物を敷き詰めてある。
パンフを読んで初めて知ったのだが、撮影の市橋織江は広告界の人で、元々はフォトグラファーだ。だから構図の管理がしっかりできている。この構図がじんわり心に沁み渡ってくるのである。
そのカメラも時々は動く。しかし、ゆっくりと短い距離を動くことが多く、それよりもカットを細かく切り替えて(間に風景だけの画を挟んだりして)変化をつけてくることのほうが多い。
ともかく、このカメラが成功の大きな要因である。
そして、本も良く書けている。人物の設定も、台詞も。本当は人懐っこいくせに照れから意地の悪い行動に出るビーが「です・ます」調で話す辺りが、なんか「らしい」。
ただ、このゆったりした流れのお話に起承転結をつけてドラマとして成立させるために(ドラマとして成立しなければ映画として終われないので)無理やりビーにあんなことが起こってしまう展開はちょっと無理やりすぎるかな。
一旦ああいう不自然が起きてしまうと、今度はそれをどうやって乗り越えるかという問題が出てくる訳で、そこをしくじると2重のリアリティ阻害要因になってしまう(具体的に書くとネタバレになってしまうのでこんな書き方しているが、観た人には理解してもらえると思う)。
でも、まあ母なる自然と調和したハワイらしさ(死生観と言うべきか)がずっと保たれたままストーリーを閉じたので、そこは巧くすり抜けたかという感じ。
今回の脚本を担当し、プロデューサも務めた高崎卓馬もまたCM界の人である。
冒頭のシーンでカオルが言っていたハワイ島独特の現象「月の虹(moonbow)」をストーリーの要所要所に配し、バラバラのような多くのエピソードを手品みたいに機能的に繋ぎ込んだ見事な脚本で、全てがすんなりと胸に溶け込み、とても深い印象が残った。
主演の岡田将生をはじめ、演者も全て存在感たっぷりで非常に良かった。特に松坂慶子が、こないだの『大阪ハムレット』のオカンに続いて、すごい! 美人女優として一世を風靡した人がよくここまでになったと拍手をしたくなった。それから、喜味こいし! まあ、観てみてよ。
スタッフ・ロールの冒頭に「製作:亀山千広/高田佳夫/阿部秀司」と出て、あ、フジテレビと電通の出資映画なのか(3人目は誰だか知らん)と判る。しかし、テレビ局長が映画のクレジットに出てくるって珍しくない?
すると続いて「企画:大多亮/杉山恒太郎」──この並びって、なんか異彩を放ってない? 両社の大立者2人。しかし年齢は多分10歳くらい離れてるはず。
そして、最後に「制作プロダクション:ROBOT」。そう、この映画は(そんなこと全然知らずに見に行ったのだが)フジテレビ/電通/ROBOT の共同出資なのであった。
僕は ROBOT の層の厚さにはいつも驚いてしまう。とてもとても良い映画だった。それだけに「癒し」なんて安易なまとめ方はしてほしくないと思う。
海外の賞はもらえないと断言できるけど、『おくりびと』より出来は良いかもしれない。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。


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