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Saturday, March 28, 2009

随想:原作と映画(TV)化

【3月28日特記】 こないだもあったが、原作を読んでから映画(あるいはTVドラマ)を観た人と、いきなり映画を観た人との感じ方の違いというものはどうしても出てくる。特に原作に入れ込んでしまうと、どうも映画の粗いところばかりが見えてしまうようだ。つまり、

「原作はあんなに良かったのに・・・」

という感慨である。しかし、「原作は良かった」と「映画はひどかった」の間を「のに」で結ぼうとすること自体が既に間違っているのかもしれない。考えてみると原作の出来と映画の出来の間にはほとんど相関関係がないように思えるから。

原作の小説が良く書けていたからと言って、それを映画化したときにうまく撮れるという保証はない。

原作が良くて映画も良いケースもあれば、原作が良くて映画化が失敗というケースもある。

原作が悪くて映画は素晴らしい、というケースはほとんどない。何故なら原作がひどければまず映画化の話が起こって来ないから。

いや、この理屈には少し落とし穴があるか。誰から見てひどいかという観点を省いてしまっているので分かりにくい。まず、その辺りを場合分けして考えよう。

プロデューサや監督がひどいと思った原作なら、少なくともその同じプロデューサ/監督の手によって映画化されることはないだろう。

ただ、読者/観客の目からすれば、原作は読んで「ひどい」と思ったが、映画を観てみたら意外に良かった、というケースは考えられる。──いや、「ひどい」と思った小説が映画化されても観ない可能性のほうが高いか。

こういうケースはどうか:

原作の小説は読んでみたけどちっとも感心しなかった。しかし、それを大好きな監督が映画化した。──これなら観るか? うむ、やや微妙だが、ま、観ることもある。でも、言わばそれは原作と関係なく監督で観ている訳で、従って観る動機からして原作の出来と映画の出来の間に成立しているかもしれない相関関係を否定しているのである。

うむ、随分回りくどくなった、と言うか、ちょっと逸れたと言うか・・・。

何が言いたかったかと言えば、ここまで書いている間に自分でも何が言いたかったのか少し分からなくなってきているのも確かだが、僕の場合は原作があまりに素晴らしかった場合は警戒心のほうが強くなってしまうことが多い、ということである。

だから、映画を見る時には、その原作を読んでいた場合でも、あまり原作に引っ張られずに観ようよ、ということを言いたかったのであるが、しかし、考えてみたら自分でも「あの原作をどう解釈したらこんな映画になるんだ!」と憤ってることもあるもんなあ。

結局振り出しに戻って、何が言いたいか自分でも整理がつかなくなってきた。

あーあ、こんな文章書いてると、また「この文体、読んでていらいらするなあ」などというコメントをつけられそうだ。

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