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Tuesday, March 17, 2009

随想:漫画を原作とする映画が多い理由

【3月17日特記】 暇な時に読み返してみると、このブログにも一度書いたのと同じことをもう一度書いていたりするのに気がつく。知っていて書いているのではなく、忘れて書いているのである。

例えば以下の2つの記事は、書いた時期こそ違え、基本的に同じ内容である。

【2009年3月5日】 僕が目をつけてきた女優たちのその後
【2008年3月26日】 見初めた女優たち

人間の記憶って(いや、「僕の記憶って」と言うべきか)いい加減なもんである。

しかし、両方読み比べてみると、全く矛盾なく繋がって、意外に首尾一貫している自分に妙に誇らしさを覚えたりもする(って、馬鹿だねえ(笑))。

それに気をよくして、どっかに書いたような気がするのだけれどどこに書いたか思い出せないことをもう一度ここに書いてみる。

先日観た『ヤッターマン』もそうだし、その際に予告編で観た『カムイ外伝』もそうなのだけれど、最近の邦画は漫画を原作としたものが非常に多い。小説を原作としたものも依然少なくないし、昔の映画のリメイク/リバイバルや当たった映画の続編も結構作られる。

裏を返せば、全くのオリジナル作品がとても少なくなっているということだ。これには訳があると思う。

今の映画作りは(あるいはTVの番組作りでも同じだと思うのだが)、作る前に「きっと当たる」ということをあちこちに説明して回る必要があるということである。昔のように現場の職人の勘だけでは踏み出せないのである。

  • なんかよく解らんけど、あの名監督が行けるって言ってるんだから・・・。
  • 最初は「そんなもん当たるかな?」って思ったんだけど、なんか、あのカリスマ・プロデューサの説明聞いていたら行けそうな気がしてきた。いっちょうやってみるか!
  • 我が社にとっては大功労者であるあのスターが演りたいって言うのなら、少々危なそうな企画でもOKするしかないだろう。

──そんな理屈ではもうGOサインは出せないのである。

現場だけの判断では物事は進めさせてもらえず、経営委員会やら投融資委員会やら社長決裁やら、いろんなハードルを越えて行かないと決定は出ないのである。

そして、説得する相手は企画の責任者だけでは済まず、財務/経理の担当者であったりもする。直接説明はしないにしても、株主様が納得するような企画であり決め方である必要もある。

資金を集めるために商社や銀行にまで出向く必要があるかもしれない。

そして、そんな有象無象(と敢えて書くが)に対して十把ひとからげに説得しようとすれば、オリジナル企画ではとても骨が折れるということだ。

それよりも、

  • 「読んだことあるでしょ? あの漫画です。そう、アレですわ」
  • 「昔大ヒットした、あれを作り直すんです」
  • 「当たったから続編やりましょう」

なんて説明が一番効くんですね。面倒くさくなくて。本当に当たるかどうかは別にして、一見論理的な説明に思えるし、最大公約数的な納得が得られやすく、説得する側が楽なのである。──だからオリジナルが廃れる。

それでいいんだろうか?

映画を作るなどという行為は「楽をする」という行為とは対極のところにあると思うのだが、しかし楽な説明をさせてもらわないと作り始めることさえできないのである。

だからオリジナルが廃れる。でも、ほんとにそれでいいんだろうか?

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