森の子ヤギ
【2月26日特記】 子供の時に何度か聴いて、だんだん記憶が薄れてきているのにも拘らず、いつまでも気になって忘れられない歌があった。
それはウチにあった童謡のレコードだった。
親父が新し物好きだったので、僕の家にステレオが来たのは他の家庭よりいくらか早かったはずだ。そのステレオを買った時におまけについていたのか、あるいは母が子供たちの情操教育のために買い求めたのか、とにかくウチには何枚かセットになった童謡のレコードがあったのである。それはその中の1曲だった。
若い人はレコード自体を知らないのだろうが、一口にレコードと言っても、それはLPになる前のSP(78回転)だった。盤の素材は何だったんだろう? まだ合成樹脂にはなっていなくて、下手に落としたりするとパリンと割れてしまうようなレコードだった。
それは「めぇ」で始まる歌だった。そう、「めぇ」──山羊の鳴き声の「めぇ」である。僕の記憶ではなんとも悲しげな「めぇ」なのであった。
「めぇ」の後に「森の子ヤギ」という歌詞が続いていた。そこから先は歌詞もあやふやになり、もう少し先まで行ったところでメロディまであやふやになってしまうのだが、ともかく何かが悲しくて子ヤギが泣くという歌だった。
忘れてしまったがためになおさら、何が悲しくて子ヤギは泣いていたのか、気になって気になって仕方がなかったのである。
昨日急に思いついて Google で検索してみた。果たせるかな、僕と同じような思いの人がたくさんいて、「誰か題名をご存じないですか?」みたいな問いがウェブ上のあちこちにあった。そして、その答えとなるサイトが数多く見つかった。
僕は「森の子ヤギ」でググったのだが、童謡のタイトルは『めえめえ児山羊』であった。作詞:藤森秀夫、作曲:本居長世。大正10年の作だそうな。
歌詞の内容はこうだった:子ヤギ(児山羊)が森を歩くと足が小石に当たる。そこで足が痛いと子ヤギが泣く(いや、歌詞では「鳴く」)のである。1番はここで終わり。2番になると今度は子ヤギの頭が切り株に当たる。今度は頭が痛いと「めえ」と鳴くのである。
その後、(♪雪やこんこ、とよく似たメロディの)大サビが用意されていて、そこでは薮が子ヤギの腹をこすり、朽木が子ヤギの首を折り、またもや子ヤギが「めえ」と鳴くのである。
ネット上にはたくさんのサイトで歌詞が紹介され、あっちには .wav ファイルが、こっちには .midi ファイルがあってメロディも確認できる。YouTube にはなんとどっかの番組の歌のお姉さんみたいな人が歌ってる映像まであった(多分著作隣接権を侵害した違法投稿だろうから、URL は書かないでおくけど)。
しかし、僕が昔聴いたのはそんな明るい歌いっぷりの「森の子ヤギ」じゃあなかった。もっと何と言うか哀調を帯びて、思いっきりメリハリの利いた rit. があって、なんだか哀しくて哀しくて忘れられない子ヤギの鳴き声だった。
そう、まさに「めえ、と鳴く」ではなく「めぇ、と泣く」感じ。
藤森秀夫という人は一体何が哀しくて、いや、何を表現したくてこんな詩を書いたんだろう? それは解らない。でも、あの歌を聴いた時の何かがそのままずっと僕の体内に残っている感じがする。それこそが情操教育というものの成果なのかもしれない。
「琴線に触れる」ってやつだろうか、改めて通して聴いて、山羊の切ない泣き声はますます僕のか弱い心の奥深い襞にまで沁み透って行ったような気がする。
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