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Saturday, December 13, 2008

『きのうの世界』恩田陸(書評)

【12月13日特記】 恩田陸は僕の贔屓の作家と言って良いが、必ずしも片っ端から読んでいる訳ではない。なぜなら恩田陸は1人ではないから。

書店の棚には何人かの恩田陸が並んでいる。恩田作品の書評を書くときによく書いているのだが、僕が好きなのは『木曜組曲』『黒と茶の幻想』『夜のピクニック』『チョコレートコスモス』の恩田陸である。

この『きのうの世界』も上記4作品の恩田陸であるような気がして手に取ったのだが、残念ながらそうではなかった。これは「仕掛けに凝る」タイプの恩田陸だった。

長い話である。Mという名の不思議な構造をした町がある。そこで殺人事件が起きる。被害者はどこか他所の土地から来て何かを調べていた目立たない男。そして、それは大手家電メーカーに勤めていて突然失踪した市川と言う男で、彼は見たものを全て記憶してしまうという特異な能力を持っていたことが判る。

──出だしの何章かをまとめればそういうことになるが、その後も読み進むにつれて次々に新しい人物が登場し、それぞれが微妙に謎めいていて、物語は拡散するばかりで一向に収束して来ないような感じさえする。

第1章は「あなたは」という2人称で書かれているのだが、この「あなた」が誰なのかは途中で明かされる。そして終盤にはこの町の途方もない構造の謎が語られ、終章で殺人事件の謎解きが行われるのだが、まあよくもこんなことを考えるもんだという途轍もない設定である。

こういう設定と謎解きを面白がる恩田ファンは必ずいるとは思うし、僕自身もこれを読んでとても面白いと思ったのも確かだが、残念ながらこれは僕が好きな恩田陸ではない。

僕は事件やトリックや謎解きよりも、深い洞察に基づいて彼女が書く人間心理の綾模様に心酔して読み進むタイプなのである。むしろ何も事件が起こらないような作品が好きで、こんなに手の込んだ仕掛けは必要としていないのである。

ただ、いつもながらの作品全体を覆う統一感、この重苦しい空気感、そして最後に畳みかけてくる筋運びはやはり恩田ならではの筆致である。でも、今回は登場人物がちょっと多すぎたため、やや描き切れていない感は残る。

やはり恩田は4~5名の人間が濃密に絡む設定を書かせたときにひときわ輝きを放つ作家だと思う。

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