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Saturday, November 15, 2008

思い出したエピソード

【11月15日特記】 ウチの会社の報道局に伝わるちょっとしたエピソードを思い出した。それは阪神淡路大震災の報道をめぐる話だ。

人的にも設備的にも被害が大きかった地元の我が社に対して、地震発生直後から系列各社の報道局が大量の援軍を派遣してくれた。──隣接エリアである名古屋や岡山の局、そしてどこよりも大勢の報道マンを派遣してくれた東京キー局。

彼らは本当によく働いてくれた。彼らが来てくれなかったら、ノーCMで3日間にも渡った震災特番は維持できなかっただろう。ただし、我々地元の報道スタッフとの間に如何ともしがたいギャップがあったのも確かだ。

地元の記者/カメラマンには常に、自らが被災者でありながらその一方で被災者の惨状をカメラに収めるという行為に際して、自分が引き裂かれるような思いがあった。そういう分裂した悩みと戦いながら、ある時は罵倒されながらカメラやマイクを向けてきたのである。

東京から来た連中には、それがなかった。彼らは所詮よその土地からやってきたのである。

ウチの記者から聞いた話だが、東京から来たスタッフのうちの1人は取材から帰ってきてこんな風に言っていたという。

いやあ、いいのが撮れたよ。ちょっと見てよ、今日のは泣けるぜ。

もちろん、一事が万事こんな具合だったというわけではないだろう。もっと崇高な意識を持って働いていた人もいたはずだ。しかし、逆に言うと、これは単なる一例に過ぎず、似たようなことが他にもいろいろあったというのも事実。よそから助けにやってきた人間に対して、被災者の感情を共有しろと言うのは所詮無理な話なのかもしれない。

ウチの連中は、彼らのこういう態度に次第に業を煮やし始めていた。そして、ある夜の全体会議で、編集方針をめぐってウチの連中と東京からの援軍との間で対立が起きた時に、遂にウチの当時のニュースセンター長が切れて、怒鳴りつけた。

お前らには神戸の気持ちは解らない。東京へ帰れ!

僕がその現場にいたわけではない。全部聞いた話だ。さすがに一時はどうなるかと思われるほど気まずい雰囲気になったらしい。ただ、これをきっかけに少しずつ彼らの意識も変わって行ったと聞く。

先日の井戸兵庫県知事の発言を聞いていて、このエピソードを思い出した。あの時の東京からの応援部隊と似たものがある。あの当時、とある東京の局は「もしもこの地震が首都圏で起きていたとしたら」みたいな番組を平気で放送して被災者の心を逆撫でしたりもした。

ただし、決定的に違うのは、あの時の東京局の連中は地震発生時には何百キロも離れた所にいたので、あの地震を実感することはできなかったということ。井戸知事は少なくとも兵庫県内にいて、彼自身の自宅も揺れただろうし物も壊れただろうし、身内や知り合いにもっと悲惨な目に遭った人もいたはずだ。そして自ら救済と復興に心血を注いだのではなかったのか?

そんな人間にどうして「関東大震災が起きたらチャンスだ」と言えるのか、不思議で不思議で仕方がない。

当初「なんで謝る必要があるのか」みたいな感じだったのが、結局改めて謝罪会見風のことをやったらしい。「発言を取り消した」との記事を読んだ。

問題は謝るかどうか、取り消すかどうかということではない。もっと根源的な意識の問題である。

これほど見事に自分の矮小さを露呈してしまった人間もいないのではないだろうか。情けない限りである。

自分の行動範囲より広い範囲のことを考え、自分の寿命よりも長い時間の流れに思いを馳せることができなければ、僕らの人生は簡単に矮小化してしまう。

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