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Saturday, October 25, 2008

ドラマW『天国のスープ』

【10月25日特記】 録画しておいたドラマW『天国のスープ』(10月19日放送)を観た。WOWOW の今年度文化庁芸術祭参加作品。

主人公の結子(国仲涼子)は東京のあちこちのレストランでスープの食べ歩きをしている。探しているスープがあるのだ:フレンチで野菜でオレンジ色で豆乳の香りがする──姉(井川遥)が病院でスケッチブックに絵を描いて、「退院したら母(十朱幸代)と3人で食べに行こう」と言っていたスープだ。

姉が死んでしまった今となっては、それがどこのレストランだったかも判らず、ただ姉の残した言葉を頼りに手当たり次第にレストランでスープを注文するしかなかった。

そして、もう一人の登場人物・岡本亮介(時任三郎)。墓参りをしている。幼い息子を亡くしたらしい。そこに妻らしき女性(床島佳子)が訪れる。会話の内容から2人は既に別れたか、あるいは別居中であることが判る。どうやら息子を亡くしたことが絡んでいるようだ。彼女が乗ってきた車の運転席には男(田中要次)が待っている。

そして、岡本の職業がコックであることが判る。シェフではない。雇われコックだ。

この2人がどう繋がって行くのかは、視聴者に容易に想像がつく。

ドラマの出来はどうかと言えば。少し物足りない。芸術祭参加作品だから良い話にしようとしたのは解る。だが、言わば単色だ。あるいは味付けが足りない。

画的にも面白味がない。料理ものって、たいていはもっと素材やソースの色が弾むように絡まって元気にカラフルなものだが、スープがメインとなるとそういう色彩も展開しにくい。食物のシズル感も、残念ながら感じられない。湯気だけは見える。だが、CGを使ったのだろう。湯気が上がりすぎ、はっきり見えすぎる。

例えて言うなら、(ドラマに出てきたスープとは違って)隠し味のない単純な味付け。あるいはフルコースではなくスープ単品。そんなドラマだ。

喪失感を持つ者同士の男女の再生の物語、という組み立ては良いのだが、結子の姉は何故死んだのか、そして母は何故入院しているのか、また岡本の妻はどうして結局あの男と別れたのか──その辺りのことについて説明がなさすぎる。

そして、結子のエピソードを一旦片づけてから、続いて岡本のエピソードの処理にかかるという構成が巧くない。間延びしてしまう。

あと、つまらないことだけど、国仲涼子がスープをスプーンで奥から手前に掬うのが気になった(井川遥も時任三郎も床島佳子も十朱幸代も、みんな手前から奥に掬ってたのに)。

悪くない話。良い台詞もたくさんあった。でも、これでは少し物足りない。

脚本は東多江子。監督は篠崎誠。

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