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Saturday, June 28, 2008

映画『ぐるりのこと。』

【6月28日特記】 映画『ぐるりのこと。』を観てきた。橋口亮輔監督の6年ぶりの作品。

僕は橋口監督のことをずっと自分とは違う世界にいる人だと思っていた。だから、彼の作品も観たことがなかった。それが、妻が観ようと言うので6年前に初めて『ハッシュ!』を観てぶっ飛んだ。

それは人と人との繋がりを描いた映画であった。人と人とが繋がるにはいろんな形がある。家族や友人のこともあるし、仕事上の繋がりもあれば、恋愛のこともある。そして、その恋愛にしても異性間のものもあれば同性間のものもある。──それだけのことだった。

僕はゲイ映画というレッテルで橋口作品を敬遠してきた自分を恥じた。そして、この『ハッシュ!』という映画は、同性愛に対する僕の偏見をかなりの部分一気に(全部とは言わないが)吹き飛ばしてくれた映画だった。

今回は異性間の、そして、夫婦の物語である。この夫婦と彼らのぐるりの、1993年からの10年間の話。

美大出身で、靴の修理屋から法廷画家に転じたカナオ(リリー・フランキー)と、同じく美大出身で出版社に勤める翔子(木村多江)。子供ができたことで女にだらしなかったカナオとの生活も安定するかと思われたが、生まれた女の子はすぐに死んでしまう(位牌が映るだけで他に一切の説明はない)。それ以来、翔子は次第に鬱に落ち込んで行く。

初めのほうに2人の長い長いワンシーン・ワンカットがある。帰りが遅くなったカナオに翔子が「今日は『する日』でしょ」と迫るシーンである。こういうことをいちいち決めようとする翔子の、几帳面と言うか寧ろ杓子定規な性格がここで描かれることで、それが崩れると一気に荒んで行く翔子の後のシーンにリアリティが出てくる。

ワンシーン・ワンカットと言ってもカメラは途中ずっと据え置きである。居間での芝居で演者が大きく動かないのでカメラも動く必要がないのである。パンフによるとこのシーンは7分。役者にとっては非常に追い込まれ、また緊張を強いられる局面であろうが、逆に気持ちは入れ込みやすいのだろう。こういう演出で橋口監督はものすごいリアリティを描きだしてくる。

パンフの記事ではリリー・フランキーは「脚本のセリフどおりにやっているんですけど、アドリブに見えるみたいで」と言い、撮影日誌には「エチュードでやったやつを取り入れた」と書いてあるのでどちらを信じて良いのか判らないが、いずれにしても現場で直しを入れていったことは間違いない。クランクイン前から徹底的にエチュードを重ねたとも書いてある。

そのあと長い長いワンシーン・ワンカットがさらに2回出てくる。

嵐の夜にカナオが帰ってくると窓を開けて雨に濡れた翔子が呆然と座っており、やがて言い争いになって行くシーン。そして、翔子の母(倍賞美津子)の家に兄夫婦(寺島進、安藤玉恵)と子供たち、伯父、そしてカナオと翔子が集まり、家を売るかどうするかを話し合うシーン。

どちらもすごいシーンである。ボクシングで言うなら足を止めての打ち合いみたいなもんだ。

でも、長廻しだけがすごいのではない。お腹の中の子供が動いたと言って微笑む翔子を見るカナオ、見返す翔子をそれぞれ相手の角度から切り取ったワンショット(当り前の手法なんだけど、これが良い!)。翔子の頭の上でトマトにかぶりつくカナオ。──そんな美しいカットが山ほどある。そして、その美しいカットが饒舌にストーリーを語るのである。

天井画が完成したお寺の板の間に寝っ転がって足を蹴り合う夫婦のシーンの、なんと豊かに美しいことか!

人の心が荒んで行くさまを捉えるためにカナオの商売を法廷画家にしたこと、そして1993年からの10年間を選んだことで、この映画は成功の半分以上を達成していると思う。本当に練りに練られた脚本だ。それと木村多江に後半髪を切らせたこと──この2つの象徴が本当によく効いていると思う。

残忍な犯罪の被告人として加瀬亮、片岡礼子、新井浩文らの主演クラスが次々と出てくる。そして、心が荒んで向こう側へ行ってしまった人物たちを強烈に演じている。そんな彼らの存在によって、向こう側へ行きかけたのだけれど再びこちら側に帰って来た翔子、彼女をこちら側へ引き戻したカナオの姿が対照的に浮かび上がってくるのである。

下手すると「それ誰だっけ」と言われそうな女優であった木村多江と、ずぶの素人のリリー・フランキー──そんな2人が奇跡的な演技をしている。これは本人たちの努力だけではないだろう。やっぱり監督の技量が大きいと思う。

そして、法廷/報道関係者役の柄本明、寺田農、八嶋智人、兄夫婦の寺島進と安藤玉恵らもまた、主演の2人に伍する名演であった。特に安藤は彼女のキャリアの中で今回の役が一番大きい役だと思うのであるが(僕は彼女の出演作品を映画館で見るのはこれが8本目である)その期待に応える嫌らしい女ぶりだった。

観ていて唸るような映画だった。そして観ている者にも一条の光明を与えてくれる映画。今年はちょうど半分終わろうとしているところだが、この映画が今年の10本の指から漏れることはないだろう。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

アロハ坊主の日がな一日
soramove
Swing des Spoutniks
犬儒派的牧歌
長江将史~てれすどん2号 まだ見ぬ未来へ

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