映画『人のセックスを笑うな』
【2月2日特記】 映画『人のセックスを笑うな』を観てきた。
原作小説が文藝新人賞を受賞した際には、そのタイトルの趣旨には確かにその通りだと禿同したものの、別に読もうという気にはならなかった。
僕をこの映画に駆り立てたのは永作博美である。
2006年の『好きだ、』、2007年の『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』と、ここのところ連続して目を瞠るような演技力を披露している。特に去年は「報知映画賞」「キネマ旬報ベストテン」「ヨコハマ映画祭」「ブルーリボン賞」という日本の主だった映画賞で助演女優賞を独占した。
松山ケンイチよりも、蒼井優よりも、永作博美なのである。
さて、映画が始まって一番最初のシーンから、この監督が止めたカメラで長いカットを撮るのが好きであることが判る。この手法はずーっと維持される。そして、それぞれのカットでおっそろしく奥行きの深い画を撮るのである。
僕は基本的にこういう奥行きの深い画を収める監督が好きだ。
最初にカメラが動くのが永作と松山の自転車2人乗りのシーン。一般的にはこういうシーンでは自転車とカメラが同じ速度で並走するものだが、ここではカメラと被写体が速度を変化させて抜きつ抜かれつになって、自転車がフレームインしてフレームアウトしてまたフレームインして、という非常に面白い構図になっている。
次にカメラが動くのはまた乗り物のシーン。徒歩の蒼井優と軽トラの忍成修吾が並走するのだが、そもそも歩いている蒼井に対抗して走ってきた忍成が停車してそれからバックで並走するという、これまたとても面白いワンシーン=ワンカット。
あと動くのは、抱き合って教室の床を転げまわる永作と松山のシーンと、最後の、バイクで走る松山のシーンぐらいかな。それ以外は徹底的に固定の長廻し。
ズームインするかなと思って見ていてもロングのまま引っ張ってズームインしない。あるいは、ある時点で寄ったカットに切り替わる。パンフを読むと井口監督は「動かすのはあまり得意ではない」と言っていて、なるほどだから固定の長廻しに逃げるのかという解釈も成立するが、逃げた結果の長廻しが結構面白い。
しかも、カットの変わり目が遅い。芝居が終わって人物がいなくなっているのにまだ風景が映っていたりする。ウチの会社にもこういう編集をするベテランのドラマのディレクタが1人だけいるが、彼は社内では「巨匠」と揶揄されていたりするくらいである。
テレビは当然として最近は映画でもパッパッとテンポよくカット/シーンが切り替わるのが流行りである。ひとたびそんなテンポに慣れてしまうと、こういう編集を見せられるとなんだか胸騒ぎがする。そこまで狙ってのことなんだろうか?
あと、庭のオブジェとか、突然映る招き猫(しかも大中小3体並び)とか、カメラは止まっているのに画は動いている観覧車の中での撮影とか、もう抜群に面白い画の連続である。
永作の個展に訪れた蒼井が、おっ、すごい派手で可愛い柄の外套(死語か? パーカーですね)着てるなあと思わせておいてサッとパーカーを脱いで、この映画の中で初めてニットキャップを取ると長い髪がはらり──というこのシーンも非常に綺麗で印象的。
そこに現れた永作が、これまた今までどちらかと言えば汚い格好しかしていなかったのに、初めてちょっとお洒落なノースリーブのワンピ──という蒼井との対比も良い。
あと、永作博美はなんでまたパンティストッキングの上にあんなゆるゆるのパンティ穿いているんだ?と疑問に思ったのだが、パンフを読むとあれはあれでリアリズムであるらしい。
永作と松山のキス(キスの連続、キスしながらの会話)とか、ものすごくエロティックで、同時に切なくて良いシーンだ。でも、裸やセックスそのものは描かれない。──そういう試みを、ただそれだけで褒める人もいるが、僕は一点だけでも良いから全裸やセックスのシーンがほしかったと思う。
美大の学生19歳・松山ケンイチと、その大学のリトグラフの非常勤講師39歳・永作博美が恋に落ちる話である。そこに、松山に片思いしている蒼井優と、蒼井に片思いしている忍成修吾という2人の同級生が絡んでくる。
ある日、永作には夫がいるということが判って松山はちょっと引いてしまう(しかも、その夫役があがた森魚である。こりゃ引くわな。ほんで自分よりかなり年下の妻が浮気してるのに全く気づかずに、妻に対してめちゃくちゃ優しいのである。僕もそういう夫でありたい)。
画作りのことばかり書いて長くなったのでストーリーや脚本のことはその程度で割愛しておく。その辺のことはきっと多くのブロガーがいろんなこと書いてくれるだろう。
ひとつだけ書いておくと、ここでの蒼井優は助演女優賞級の名演である。06年に『ハチクロ』『フラガール』で主演賞14冠に輝いた蒼井優と、07年に助演賞4冠に輝いた永作博美が、この映画では立場を入れ替えているところがこれまた面白い。
2008年はまだ始まったばかりだが、この映画は今年のランキングで確実にかなり上位に入ってくると思う。一般受けするのかどうかは判らないが、僕ははっきりとそう感じた。
役者も本ももちろん良かったが、映画は第一義的に映像作品なのであると気づかせてくれる秀逸な作品であった。あゝ、井口奈己、恐るべし。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。
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