『また会う日まで』ジョン・アーヴィング(書評)
【1月29日特記】 読み終わるまでに随分時間を費やしてしまったが、それは僕の個人的な事情によるもので、決して読むのに難渋していた訳ではない。しかし、それにしても長い小説であることは間違いない(なにしろ訳者が「あとがき」の冒頭でその長さについてぼやくほどだから)。
多くは主人公のほぼ生涯、最低でも半生を描くのが特徴である作家アーヴィングのいつも通りのロング・ストーリーで、そしていつも通りの達者なストーリー・テラーぶりである。
そして、「訳者あとがき」を読んで知ったのだが、この作品は今までにも増して自伝的要素の強い作品であるらしい。訳者はこの長い構成を序破急の3部構成と位置付けたうえで「序盤の面白さに幻惑される」と書いているが、僕の感じ方は少し違った。
幼子ジャックが刺青師の母に連れられて女たらしの父を追って北欧を旅して行く序盤が起伏に富んで面白いのは確かだが、そこには僕らがさんざん読んできたアーヴィングのいろんな要素が散りばめられているのである。
例によって主人公ジャックは年齢にそぐわないほどクレバーな少年だし、例によって年上の女性に誘惑されるし、レスリングもやるし、身体に障害のある人物も登場する。小説全体を貫いている刺青のエピソードを別とすれば、それらは言わば僕らがすでに知っているアーヴィングなのである。
それに対してむしろ新鮮なのは映画俳優になったジャックとハリウッドを描いた「破」のパートであり、なんだか五木寛之みたいだなと思いながら、ここのところ何年か自分の小説の映画化で自ら脚本を担当するなどしてこの世界と関わったからこそ新たに書けたニュー・アーヴィングなのかなという気もした。
そして何よりも圧巻は(ネタばれになるので詳しく書けないけど)設定がひっくり返ってしまう「急」のパートだろう。
終盤の流れは今までのアーヴィングにはなかったような、あまり皮肉も天の邪鬼もない、とても素直でハートウォーミングなものになっている。これを素敵と思うか物足りないと思うかは人によって違うだろう。
僕は最近のアーヴィングではやはり『未亡人の一年』が秀逸だと思うしこれに勝る作品はないように感じるのだが、ただ、この『また会う日まで』の終わり方はとても余韻が深く、渾身の作品という感じがする。そういう意味ではやはりこのアーヴィングも傑作なのである。
ただ、『また会う日まで』という邦題はどうだろう? UNTIL I FIND YOU という原題と並べてみただけでも少しニュアンスの違いを感じるはずだし、小説の内容を考え併せると、なおさらこれは『また会う日まで』ではないような気がする。じゃあ、どう訳すべきかと言われるとこれはかなり難題であり、訳者も随分迷った挙句このタイトルに落ち着けたのだろうと想像するのだが、実は原題にはもっと鋭く厳しい語感があるように思える。
だからこそ、このハートウォーミングなエンディングが活きてくるのである。
ともかく全部読み終わって初めて見事に構成された全体像に気づいて僕らは唖然となる。
読後感は頗る良い。
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