『明日の広告』佐藤尚之(書評)
【1月11日特記】 著者はかの有名な「さとなお」氏である。と言っても知らない人には何のことやら分からないのかもしれないが…。
インターネットの黎明期から個人サイトを運営してきたさとなお氏のネット上での発信に僕は長らく親しんできた。そのさとなお氏が今回初めて本名の佐藤尚之名義で本職の広告についての本を出した。そう、彼は日本最大手の総合広告代理店でずっとクリエイティブ畑を歩いてきた人だったのだ。
ただしウェブ上でのさとなお氏の活動があまりに多岐に渡り融通無碍であるためか、僕らは普段彼が広告業界の人であることをあまり意識はしない。もちろんNECの紹介ビデオや星野監督の感謝広告、スラムダンク・キャンペーンなど彼が自分で手がけた仕事については折に触れて彼のサイトで報告されてきた。でも、僕ら読者の意識の中には何故か彼が広告の専門家であるという意識は芽生えなかった。
そんな訳で今回この本を、実はあまり期待せずに読んだのであるが、いやいや驚いた、これはなかなかの良書ですよ。まことに失礼な話だが、広告のことをこんなに解っている人とは思いもしなかった(笑)。
僕はテレビ局という割合近い業界にいるので、この本に書かれていることの多くは既に基本的知識として持っていることだった(読んでいてAISAS理論が出てきたときには、「おっと、やっぱりさとなお氏もこの会社の人だったんだ」と思ったくらい)が、しつこくなく説教臭くもなく非常にコンパクトによくまとめていると思う。
こういうことを勉強している学生さんが読むのも良し、門外漢の一般人が暇つぶしに読んでも面白かろうという書きっぷりである。ものごとを喩えで説明してしまうのは実は非常に危険なことなのだが、冒頭から暫く続く「広告=ラブレター」という説明が奇跡的に上手く進んでいる。
特にネットに関する分析という点では、さすがに関わりが長く深いだけに洞察力を感じさせる。「ネットが動画の時代に入ったことで、情報量から時間へのパラダイムシフトが起き」(191ページ)というあたりの分析は目から鱗であった。
で、僕が彼の古くからの読者であるからかもしれないが、ともかく共感が持てるのである。
「大切なことは『消費者本位』ただひとつ」(227ページ)との指摘まさに然り、「どんどん領域侵犯しよう」(223ページ)というのもまさに普段から僕も言っていることだし、でも、何よりも魅力的なのは、彼の楽天的でポジティブな人格が行間に現れているということなのである。
「結局人格なのである」などというまとめ方をしてしまうと、それはきっとこの本の意図からずれてしまうことになるんだろう。でも、そういうことってコミュニケーションの基本だし、それが解らない人がどれほどこの本を読んで勉強しても良い広告は作れないのではないかな、と変な読後感が残った本である。
でも、もういちど書いておくと、実用書としてもちゃんと実用的な書になっているので、「さとなお」氏を全く知らない人も、広告のことを考えたことさえない人も、みんな安心して読んでほしい。
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