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Thursday, December 06, 2007

ベロニカ日和

【12月6日特記】 アクセス・ログを見ているとよく解らない現象に出会う。

今まで僕が書いた映画記事の中では『クローズZERO』評に次いで『ベロニカは死ぬことにした』評へのアクセスがやたらと多いのである。しかも、この記事を書いてからもう1年半以上経っているのに、訪問者がいつまでも後を絶たないのである。

『クローズZERO』の記事に対するアクセスの多さについては一度ここにも書いたことがある。こちらへのアクセスの多さは非常に解りやすい。人気の映画の記事にはアクセスも多いということだ。

そして、それに加えて多分(前の記事でも書いたように)ブログで映画評を書いている層と映画『クローズZERO』の観客層が異なっていて、2つの層に重なりが少ないために僕の記事に集中したという推論が成り立つ。

『ベロニカ』の場合は正反対のケースで、これは興行的にも当たらなかったし、大した評価も得られなかったはずだ(例えばキネマ旬報ベストテンの審査では60人の審査員の中に1点以上を投じた人はなかった)。だから鑑賞の記事も少なく、従って逆に僕の映画評への相対的な集中度が増したという分析は成り立つ。

しかし、解せないのは、この映画の記事を読みたい人が世の中にこんなにも、しかも、公開からかなり日が経っているにも拘らず存在するということだ。

なんで、こんな映画がそんなに気になるの?

記事を読めば判るように僕はこの映画を褒めていない。全然評価できなかった。それどころか、一体世の中にこの映画を高く買う人がいるのかどうかが知りたくて「是非コメントを」と呼びかけたくらいだ。

そのおかげで、僕のブログとしては珍しくたくさんのコメントが付いて、しかも賛否両論が揃ったので今読み返すと結構面白かったりする。

でも、それが面白いから僕のブログにアクセスするのではないだろう(もし、それが事実であるとしても順序が逆だ。つまり面白いからアクセスするのではなく、せいぜいたまたま読んだら面白かったということだ)。

やっぱり真木よう子の自慰シーンが検索をさせるのだろうか?

でも、あの映画での真木よう子はまさに「精彩を欠く」という感じで、どのシーンもあまり感心しなかったなあ。映画的な意味でもポルノ的な意味でもわざわざ見るほどの意味はないと思う。

今CXでやっている『SP』の真木よう子は非常に存在感がくっきりしていて良いよね。
やっぱり演出の差だと思うなあ。

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