映画『M』
【11月4日特記】 映画『M』を観てきた。
廣木隆一という人はとても優秀な監督だと思うのだが、なかなかメジャーな形で上映されることがない。この映画も関西では1館のみ、十三第七藝術劇場で1日2回の公開である。まあ、この映画もR-15だし、その手の性的にわりとヤバいテーマの映画が多いということも関係あるのかな?
ポルノ出身ということが根っこにあるのか、あるいは彼のライフワーク的なテーマがこのへんにあるのか、あるいは反骨・反体制という志向の延長上にあるのか(そうでないものも撮ってはいるし、そうでない作品の中にも素晴らしいものがあるのだが)・・・。
今回は主婦の売春である。ほんの出来心から出会いサイトに、やがてヤクザに絡めとられて逃げられなくなり、逆にそういう極限状況に新たな快感を覚えてしまう。それがタイトルの頭文字Mが意味するところである。
そして、この物語にはもうひとつの軸がある。それは主人公の主婦の家に新聞を配達している少年。主婦の窮状を知り、助け出そうとするのだが、彼女の怪訝な拒絶にあってしまう。
実はこの主婦も少年も、ある時期までなにごともなく順調にきた人生が突然狂い始めた、というパタンではない。主婦のほうは少女時代に隣家のおじさんが好きで、彼の気を引くためにその息子とつきあっていたという経験があり、その罪悪感を抱えたまま大人になった。
一方、新聞配達の少年のほうは、小学校時代に暴力を振るう父親から母親を守ろうとして父親を刺し殺してしまい、そのことで逆に母親に捨てられるという経験をして、それが大きなトラウマになっている。
主婦を演じたのは美元(ミヲン)。日本人の父親と韓国人の母親の間に生まれ、2000年のミスユニバースジャパンに選ばれてモデルに。本格的な演技は今回が初めてとのこと。
少年を演じたのが高良健吾。『サッドヴァケイション』で浅野忠信の弟役を演じた、あのきつい眼つきの少年である。
美元の夫に大森南朋、ヤクザに田口トモロヲという渋い2人が脇を固めている。
原作は馳星周の4篇から成る中編集から抜き出して合成したもので、そう言われてみると少し話の作り方に無理があるような気もする。
なによりもストーリーの随所に"できすぎ"感があるのである。美元の写真が載っているエロサイトにみんながたどり着いてしまう不自然。高良健吾が悪い仲間と襲った相手がたまたま・・・という不自然。
他にも大森南朋が精神ボロボロになって行った風俗店の女が、これまた話としてはできすぎ。
あと、僕はこういうことにすごくこだわるのだけれど、美元と高良のラブホテルでのシーンで、縛るのであれば先にもっと脱がせてから縛らないか? 僕はSMに対しては知識も志向もないのだが、そういう人たちってああいう風に下着姿で先に縛っちゃうんだろうか?
ああいう設定にしちゃったために、その後の凄惨なシーンで美元はずっと下着姿だったでしょう? 僕ならあれはずっと全裸のシーンにするんだけどなあ。
ま、それはともかく結構重いテーマできわどいところを斬ってきた、意欲作と言って良いのだろう。今回印象的な長廻しなどはなかったような気がするのだが(現実には長廻しはあったらしくて)、それだけストーリーに見入ってたということなんでしょうか。
で、実はとても哀しい映画なのである。終わってからふいにそういうことに気がつく。ややまとまりには欠ける(よって昨年の『やわらかい生活』よりは劣ると思う)が、そういう余韻はいつもの廣木隆一のテーストなのである。
マイナーな映画館ながら客は多かった。それだけコアな廣木ファンがしっかりとこの人の映画を支えているということなんだろう。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。


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