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Friday, November 02, 2007

存在しないものを盗られる

【11月2日特記】 ここのところずっとなかったのだが、久しぶりに母から「えらいこっちゃ、また財布を盗られた」という電話があった。

以前は2~3日に1回ぐらいの割合で頻繁にあったことだ。認知症に特徴的な「もの盗られ幻想」と呼ばれる現象である。

盗られると思い込むから隠す。しかし隠したという記憶は彼女の頭の中には形成されない。だから今度探した時には当然あるはずの場所にない。それでやっぱりまた盗られたと思う──そういう悪循環である。

そして、現実の記憶で埋められない溝を、脳は都合の良い偽の記憶を作って埋め合わせる。

一度などは盗られた時の状況をあまりに鮮明に事細かに語るので、僕もてっきり信じ込んでしまって警察に届けを出した。ところがその数日後に失くしたはずの財布をしゃあしゃあと持っている母を見て姉が仰天したのである。

今回も間違いなく幻想である。

かつて、財布を盗まれるという「事件」が何度も相次いだので、僕が財布を金庫にしまい込むという象徴的な行為をすることによって奇跡的に母の猜疑心を封じ込めることに成功したのだった。

それ以来母は財布を見ることも財布に触れることもほとんどなかったはずだ。今日も「財布はちゃんと金庫にしまってあるから」と言ったのだが、「いや、それとは別の財布だ」と言いだした。こうなってくると手に負えない。

「あれ以来盗られてないから大丈夫」と安心させようとしたのだが、思いっきり不満そう。それは自分の言うことを信じてもらえないという不満だ。

思えば認知症の初期のころは非常にしんどかった。それは母は自分が物を忘れているなんてこれっぽっちも思っていなかったからだ。ところがその後彼女が何度も「盗られた」という物を僕や姉が見つけだしたりすることを重ねて、漸く「自分はものを忘れるんだ」という意識が出てきて僕らは少し楽になった。

ところが最近ではもうその思いは母の頭の中に留まらなくなった。自分の思うこと・考えることが揺るぎない真実だと思いこんでいる。少しでも否定されると露骨に怒りだす。

本当にげんなりしてしまう。本当に暗澹たる気分に陥ってしまう。

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