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Tuesday, November 06, 2007

多分観ないだろうなあ、『自虐の詩』は

【11月6日特記】 「てっきり『自虐の詩』見に行ってるかと思った」とある人に言われた。

「誰がそんなもん観るかいっ!」などと言うつもりはないし、観ないと決断したわけでもない。けど、多分観ないだろうなあ。観るという決断をしないうちに上映期間は終わってしまうだろう。

人は割合似たようなきっかけで映画を見に行く。一方、人はさまざまな理由で映画を見逃し、見送り、見限ってしまう。その理由は些細なことが多いのも事実だが、本当にさまざまで、中には他人が理解しがたいものもある。

僕もこのブログで『Always 三丁目の夕日』を観ない理由について書いたりしたこともあるが、却々他人が読んで頷けるもんでもなかろうと思う。

ただ、この映画の場合はそんなに分かりにくい理由ではないと思う(もちろん、同じことを理由にしてお前も見るな、などという気はない)。

僕は割合監督名で映画を選ぶことが多いのだが、『包帯クラブ』の映画評にも書いたとおり、堤幸彦監督については最初はショックを受けたのだがその後はそんなに気になる監督でもなくなってしまった、ということがある。もう、いいや、という感じかな。

それでこの映画『自虐の詩』の予告編でちゃぶ台がひっくり返るスローモーションを見た時に、まさに「もう、いいや」と思ったのである。

それから、中谷美紀が演ずる薄倖の女と言えば、多くの人がそうだろうと思うのだが、僕もまたいの一番に『嫌われ松子の一生』を思い出したわけで、「あれを超えられるわけがない」という思いがある。

だから却々観ようという気にならないのである。なんとなく踏み切れないのである、と言うか、見に行くためには踏み切るという作業が必要になってしまうのである。

そういうことで人は、と言うか僕は映画を見逃してしまう。もちろん見逃したものが世紀の名作である可能性もある。そういう場合悔しいか?──いや、全然。

今の世の中、見逃したものを後から見る手立ては山ほどある。そういう意味で今の観客は映画選びに真剣さが欠けてしまっているのかもしれないが・・・。

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