映画『転々』
【11月25日特記】 映画『転々』を観てきた。
三木聡監督はお笑いの世界では結構売れっ子の構成作家であったらしい。僕はそんなことは全く知らずに映画『イン・ザ・プール』を観て、「ああ、この監督は信用ならないなあ」と思った。
「この人はあの原作小説をこういう風に読んだのか」「あの小説をこんな映画にしてしまう人の感覚って何なんだろう」と思った。原作の設定やストーリーを変えてしまったと言っているのではない。原作小説とできあがった映画とでは、そこに漂っている空気感が異質なのである。
だから、その後『亀は意外と速く泳ぐ』や『図鑑に載っていない虫』など、予告編を見る限り大変面白そうだと思ったものの、監督が三木聡だと知って観るのを思い留まったのである。
三木監督はその後TVで手がけた『時効警察』でも結構名を売った。が、これも僕は観ていない(番宣を見て面白そうだと思ったのは確かだが)。
今回この映画を観たのは、贔屓の男優である三浦友和が主演であるということもある。小泉今日子やオダギリジョーという他のキャストに魅かれた面もある。でも、決定的だったのはテーマ・ミュージックだ。
予告編を観てたらいきなり『髭と口紅とバルコニー』が流れているではないか。これがエンディング・テーマで、オープニングでは新たに別アレンジで収録されたインスト版が流れている。そして、新宿のシーンでは『スカンピン』が使われている。いずれもムーンライダーズの31年前の作品だ。
きっと誰かがライダーズ・フリークなんでしょうね。結局これが決め手になって絶対見ようと決めた。
妻を殺してしまった借金取りの男・三浦友和が、借金を返せないオダギリジョーに「借金を棒引きにしてやるからつきあえ」と言って東京散歩に連れ出す。最終目的地は桜田門の警視庁。自首へと至る道のりである。
──と書いてしまうと少し荒んだ感じがするが、そういう背景はあまり見せない、街歩きのロード・ムービーだと思えば良い。
この手の映画では、見ている人に土地勘があるかどうかでかなり印象が違ってくるのではないかと思う。
僕は合計13年の東京暮らしのうち12年を杉並区(西荻窪で9年、久我山で3年)で過しているのでスタート地点である井の頭公園や伊勢屋にはものすごい愛着がある。そこから先は画面を見ていてどのあたりなのか分かったり分からなかったりなのだが、やっぱり風景そのものから思い出が呼び醒まされたりすることが多く、これが映画に対する大きな好感を形作ることになる。
街歩きっていいなあ、と思う。僕も街歩きは大好きだ。自然の景観を偏重する人たちには与しない。ビルとか橋とか遊園地とか、そういう人口の景色の美しさが大好きだ。
この映画では街の美しさ、力強さ、魅力的な猥雑さ、そして哀愁──そんなものが非常にくっきりと写し出されていた。
台詞も良いし、三浦友和も素晴らしい。それぞれのエピソードが微妙な感じでなんとも言えない良い雰囲気の映画である。
ただ、難点は、それぞれに面白いエピソードがバラバラで、全体として響いてくるもの、効いてくるものがないというところだ。
警視庁に自首という最期が見えているので、ここに余韻を残すのはかなり難しいだろうし、かといってそれぞれのエピソードを何かで括ろうとするのも無理があろう。
事実三木監督もインタビューに答えて「こういう映画はね、終わりはさくっと終わりたいんですよ」と答えている。その通りの終わり方である。だが、僕はこの手の話を「さくっと終わりたい」という感覚がなんか信用ならない。
ま、好みの問題である。結局僕とはあまり相性の良い監督ではないということなんだろう。
ところで、キャストの4番目に名前が載っている吉高由里子が妙に印象に残っている。もうすでに何本かのキャリアがある女優のようだが僕は初めて観た。このまま消えるか大化けするかのどちらかだと思うのだが、しばらく注目していたい。
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