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Friday, November 23, 2007

紅白歌合戦的国民

【11月23日特記】 紅組・白組の司会者発表を皮切りに、単なる業界内の噂も含めて、「今年の紅白歌合戦はこうなる」みたいな話をちょくちょく聞く季節になった。

うん、大きく変えたほうが良いだろうね、とは思う。でも1視聴者として観たいかと言えば、今年どのように変わったとしても別に観たくもない。僕だけではなく、そういう感覚の人がだんだん増えてきているのではないだろうか。

もはやNHK紅白歌合戦は国民的番組ではなくなった、ということか?

いや、それも半面の真理ではあるが、むしろそれは現象面の真理であって、本質的な面を捉えるとこういうことではないか?

紅白歌合戦が国民的番組でなくなったのではなく、国民が紅白歌合戦的ではなくなってしまったのだ

と。

確かに往年の紅白歌合戦は性別年代を超えて多くの視聴者の支持を集めるウルトラ高視聴率番組であった。ただ、その時代でも番組全編全コーナー全内容に渡って老若男女に喜ばれていたというものではなかったはずだ。

例えば僕は水前寺清子が嫌いで、水前寺清子が登場する番になったらお風呂に入った。もちろん、水前寺清子の出番の間に入浴を済ませるのは無理なのだが、どうせどこかで風呂に入らなきゃならんのならこのタイミングで、というのが水前寺清子を選んだNHKに対する僕なりの抗議でありけじめであった。

でも、当然のことながら、家族はそのまま見続けていた。そして、家族はそれぞれ自分の好きな歌手の出番を考えながらそれぞれ別のタイミングで入浴していた。

そういう風に何時間かの放送時間の間には興味の持てない時間帯が誰にでもあったのだが、それでもあまりチャンネルを変えたり消したりせずに観ているのが紅白歌合戦だった。

僕が水前寺清子の出番で入浴するようになったのも、お化け番組・紅白の力が少し落ち始めた時からで、その昔は大晦日ともなれば絶対に19時までに入浴をはじめとする全ての用事を済ませて、レコード大賞と紅白歌合戦を1秒たりとも見逃すまいという姿勢で臨んだものだ。

それが嫌いな出演者の間は見なくなり、やがて裏番組を見ながら時々見るようになり、ついにはほとんど見なくなってしまった。

そこには番組が変わってしまった、音楽をめぐる状況が変化した、などという分析も成り立つのだが、やはりそれは国民が紅白歌合戦的でなくなったという一語に尽きるのではないかと思うのである。

思えば昨今、「国民」という一単語でどれだけ多くの日本人を掬い取れるのか甚だ怪しくなってきているのではないだろうか。

米国を観察すると、あれだけ個人主義が徹底した国なのに、依然として、と言うか、ますますと言うか、nation とう単語の許にかなりの massive people が決定的に集結する。それがアメリカなのである。

この彼我の差は何なんだろう?

日本人の国民性は、自らが「国民」でなくなるという方向に傾いているということなのだろうか?

日本人にもどこかのタイミングでどこかに集結しなければならない(あるいは自然に集結してしまう)時が来るのは間違いないと思う。

ただ、それはもはや紅白歌合戦の下ではないことは確かだ。

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