映画『パンズ・ラビリンス』
【10月7日特記】 映画『パンズ・ラビリンス』を観てきた。
単なるファンタジーだと思って見に行くと、あるいはスペイン内戦を巧みに織り込んだファンタジーだ、ぐらいの認識で見に行くと足許掬われるぞ。
これは死生観に係わって来るファンタジーだ(今回はちょっとネタバレの記事になるかも知れんので、あしからず)。
舞台は1944年、スペイン。12歳の少女オフェリアと母が軍の車で山奥の駐屯地にに向かう。そこで待ち受けているのは、オフェリアの新しい父になるビダル大尉。フランコ側の指揮官であり、そして非常に残忍な男である。彼は新しい妻をではなく、妻の胎内に宿る息子(と決めつけている)を待っていた。
駐屯地の使用人メルセデスはゲリラ側に通じている。彼女の弟が共和派ゲリラの指導者なのである。
その重苦しい暮らしの中で、オフェリアは妖精に出会い、パン(牧神)の待つラビリンス(迷宮)へと誘われる・・・。
スペインあるいはメキシコなどのスペイン語圏の映画に共通の特徴だと思うのだが、展開が早い。トントンと進んで無駄がない。"溜め"とか"ケレン"とかいったものが全く無くてスースー進んで行くのである。
アカデミー撮影賞・美術賞・特殊メイクアップ賞を受賞した作品だから、僕がくだくだ書くまでもなくそういう部分は大変楽しめる。そしてやっぱりファンタジーの部分を素直に楽しむこともできる。しかし、冒頭にも書いたように、この映画のファンタジーは部分でしかないのである。
PG12になっているのは残忍なシーンが多いからだ(刃物恐怖症、先端恐怖症の人は要注意。体が凍りつきそうなシーンがあるよ)。これはやっぱりこの映画にどうしても必要な要素だったんだろうなと思う。北野武も言ってたけど、痛いことはちゃんと痛そうに描くのが制作者の責任である。
僕が強烈に思ったのは、フランコが死んでもう30年以上経つと言うのに、はあ、スペインの人たちはいまだにフランコ反乱軍と戦っているんだ、ということだった。
映画の見方は基本的に見る側の自由であり、監督のギレルモ・デル・トロも決してそんなことを押しつける気はないのだろうが、僕は「スペイン内乱を意識せずに見る者はこの映画を見る資格はないのではないだろうか?」と強く感じた。
スペインへの留学経験を持つ妻は言った。
スペインはアメリカみたいなインチキなキリスト教じゃなくてカトリックだから、正義が必ず勝ったりしないのよ。そして、人は死ななきゃ神の救いは得られないのよ。
生と死、幻と現が完全に裏表になっている。この映画は単純なファンタジーに終わらず、その先で哲学に繋がっているのである。
そこが一番面白いと思った。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。


Comments
こんばんは、久しぶりに映画記事のほうにコメントさせていただきます。
>カトリックだから、正義が必ず勝ったりしないのよ。
さすが達観しておられますね、奥様。私はスペインの歴史についてよく知りませんが、過去に異端審問や魔女狩りのような凄惨な体験を持つが故に、かえって単純な善悪二元論の描き方には陥らないのだろうかと思ったりしました。ともあれ、作者の懐の深さを感じる作品でした。
Posted by: 狗山椀太郎 | Thursday, November 08, 2007 at 00:50
こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
映画「パンズ・ラビリンス」、いい映画でしたね。
私もブログでとりあげています。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611
Posted by: kemukemu | Sunday, November 11, 2007 at 16:05
> kemukemuさん
コメントありがとうございました(コメント返しなのでそちらではなくこちらのブログに書きます)。ブログも拝見しました。TBもさせてもらいました(2の記事ではなく1の記事のほうに)。
Posted by: yama_eigh | Sunday, November 11, 2007 at 17:46