『囚人のジレンマ』リチャード・パワーズ(書評)
【10月26日特記】 『舞踏会へ向かう三人の農夫』『ガラテイア2.2』に次ぐリチャード・パワーズの邦訳第3弾であるが、書かれた順番としては『舞踏会へ~』に続く第2作である。
いつも思うのだが、パワーズの作品を読むには本当にパワーが要る。難解である、と言うよりバラバラの話が進んでいるようで全体の繋がりが見えないのである。
だから心技体すべてが充実しているときでなければ読み切れない。かと言って一気に読み終えられるような本ではなし、読む日によっては字面を追ってもなかなか頭に入らないこともある。そんな時には読み返すことさえかなりの勇気と決断を必要とすることになる。
普段から読書(しかも長編)に親しんでいる人間でなければとても読める本ではないと思う。しかし、それだけに、何物にも代えがたい大きな読後感を与えてくれるのである。
メインは家族の話である。父と母と2人の息子と2人の娘。父は病気である。何の病気であるのか見当もつかない。が、時々発作を起こして倒れる。多分精神的な面が大きいのだろうという風に読める。
この物語のひとつの軸は父の病気の解明である。そして、物語の終盤で、父はいやいやながら検査入院することになる。
その父が食卓や食後の団欒の場で家族に謎かけをする。クイズを出す。詞を朗読する。歌を歌う。警句を発する。
ホブソン家の警句:「すべてのインディアンは一列で歩く」「人間誰にでも、誰もが思っている以上のものがある」「われわれはときに、自分の意思で行動するように他人にけしかけてもらう必要がある」「もしもきみが安物のバケツで波を汲み出してやれば、きみと月とで多くを為すことができる」等々。
表題の「囚人のジレンマ」は食卓で父が出したクイズの1つである。
そして、この現代の描写とは別に父の青春時代と戦争を回想するストーリーがあって、それとは別にさらにもうひとつのストーリーが進行する。この3つ目は主にウォルト・ディズニーと戦争との関わりを大胆なフィクションを交えて描いたドキュメンタリ風の物語である。
そしてこのぐちゃぐちゃに入り組んだ網目状の文章を読み渡って行くと、最後にそれが繋がってくる。
あたかもパズルのピースがカチッと嵌るような繋がり方ではない。別々に編まれていた3枚の織物がいつの間にか積み重ねられて縫われていたような繋がり方だ。
そして、ここに至って読者はガツンと頭を殴られたような気分になる。家族を描いていたはずのストーリーはいつのまにか世界を描いていたのである。
そこには世界と歴史と人間の避けがたい葛藤がある。読者は、小説の中で残された子供たちのように、今度は自分自身を見つめることになるのである。
いつもながら化け物みたいな構成を持った本であった。
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