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Sunday, August 19, 2007

映画『遠くの空に消えた』

【8月19日特記】 映画『遠くの空に消えた』を観てきた。無国籍感覚が強い作品である。行定勲監督が7年間温め続けた企画を映像化したジュヴナイル・ムービー(ジュヴナイル&SFかと思ったがSFの色合いはほとんどなかった)。

でも、イマイチ何を描きたかったのかが明確に見えてこない。

空港建設反対運動をしているある村に転校してきた主人公の少年。彼の父は空港公団の地元トップ。子供たちはすぐに友だちになる。ただ、親は言わば敵同士である。──というのが、ま、ストーリーのスタート・ライン。

いつだか判らない時代のどこだか判らない場所という設定にした(もちろん割合最近の日本であるのは確かだが)ことが徒(あだ)になったんではないだろうか。

あの無国籍な感じの舞台設定には、行定自身が助監督についていた『スワロウテイル』(岩井俊二監督)のイメージがあったのは間違いないと思う。音楽の無国籍な感じは『アンダーグラウンド』(エミール・クストリッツァ監督)を思い出させた(行定監督、これも観たんじゃないかな)。それから『サイン』(M・ナイト・シャマラン監督)や、行定監督自身が言及している『飛ぶ教室』(トミー・ヴィガント監督)なんかも連想させるんだけれど、いずれの映画の域にも達していない。中途半端な出来になってしまった。

リアリティのないところに共感は生まれないのである。リアリティとは決して写実と同一ではない。フィクションにはフィクションのリアリティがある。

この映画では基本となる時代設定(1960年代なのか70年代なのか80年代なのかで大きな違いがある)と舞台設定(日本のどこなのか?いや、そもそも一体ここは本当に日本なのか)を不詳にしてしまったことが、リアリティを減ずる方向に作用してしまったと思う。

リアリティとは何なのかを随分考えさせてくれる映画だ。

とはいえ、ここには「要素」としての僕らの少年時代が散りばめられている。──牛乳配達、立ちション、ガキ大将、検便、秘密基地、夜空に満点の星、肥え溜め、爆竹、知的障害者(僕らの子供の頃には今ほど隔離されていなかった。それと大人は彼らを警戒するが、子供たちは平気で交流していた)。

3人のベテラン子役たち(神木隆之介──声変わりしていたのでびっくり/大後寿々花──『SAYURI』のあの子!/ささの友間──笹野高史の息子)は非常に活き活きとしていた。子供たちと行動を共にする知的障害者を演じた長塚圭史も非常に良かった。ただ、なんか詰めの甘さが気になる映画だった。

例えば、ミステリー・サークル作って、それがどうよ? とか、導入部分に使った運動靴にしても、誰がどう考えてもそんなことあるわけないし。田中哲司演ずる一派が、片田舎のあの街で何して食ってたのか? とか。ロシア語表記にしても面白いと言えば面白いんだけれど・・・。

3人の子役の脇にも、三浦友和、大竹しのぶ、小日向文世という日本を代表する名優陣を揃えながら非常にもったいない気がした。

こういう大物俳優が行定勲の名前で出てくれるくらい、この監督は売れているということだ。今回はちょっと残念。

少し辛口になってしまったけど、僕のこの評を否定するのは非常に簡単である。「あんたはもう子供の純粋な心を失ってしまったんだよ」と言えば良い。

でも、純粋さを失って細部に気を取られる薄汚れた大人たちを動かして初めてジュヴナイル・ムービーは完成すると思うんだけどな。

★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。

アロハ坊主の日がな一日

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映画[ 遠くの空に消えた ]を吉祥寺バウスシアターで鑑賞。 最近、神木隆之介と本郷奏多の区別がつかなくなってきた。 神木主演の映画といえば、2年前になる[ 妖怪大戦争 ](05)。それ見比べると、成長したのがよくわかる。どおりで、見間違うはずだ。 水曜日のレディースデイだというのに、空席が目立つ。子ども映画は、漫画や小説などの原作でないとダメなのか。それとも行定ワールドも、最近のボーイズ&ガールズには効果はないのか。本作でメガホンをとるのは行定勲監督。本作は[ きょうのできごと a d... [Read More]

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