『無銭優雅』山田詠美(書評)
【7月7日特記】 『風味絶佳』で初めて山田詠美を読んでその巧さに飛び上がるほどびっくりして、慌てて遡って『ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー』を読んでみたもののやっぱり若いころの作品にはそれなりに物足りなさも残ってしまい、新作が出るのを待っていた。
『無銭優雅』というタイトルは確立した四字熟語でないだけになんか『風味絶佳』の巧く行かなかった二番煎じみたいな感じがして感心しないが、今回は切れ切れの短編集ではなく、1編で1冊の小説である。しかも、四十男と四十女の中年の恋、主人公の慈雨の姪・衣久子によるとオトコイ(=大人の恋)である。
いやあ、こっちが中年になっちまっただけにこういう作品を書いてくれるのは嬉しい。ただ、これは決して中年だけをターゲットにした作品ではない。多分衣久子と同じような若い世代が読んでも充分共感したり面白がったりできる小説なのではないかな?
どろどろしたりギトギトになったりしない、なかなか素敵なオトコイなのである。本当に無邪気に無防備な恋ができるのは年を重ねてからなのかもしれないよ。
読んでいていちいち「そうそう」「あ、解る、その感じ」などと思うのだが、これは中年の読者全員がそう思うのか、それとも僕がこの小説のカップル栄と慈雨みたいな変人だから解るだけで一般の中年は首を傾げるのか、どちらか解らないがどちらであっても僕としては嬉しい。
ただし、終わり方をちょっと急いだ感があり、つまり、登場人物たちが動くままに任せるのではなく、作者が設定したエンディングに無理やり持って行った感じが残るのは少し残念。でも、この作家の類まれなる観察眼と、それを紙の上に再現するに当たって見事な黒子に徹することができるこなれた日本語を読んでいるだけでも惚れ惚れする。
これは恋愛の教科書だね。いやひょっとすると人生の教科書かも。
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