映画『キサラギ』
【6月26日特記】 映画『キサラギ』を観てきた。予告編をチラ見しただけで一旦はパスを決め込んだ作品だったのだが、なんだか知らんがやたら評判が良いのである。特に脚本に対する評価が高い。それで観るだけの価値ありか、と翻意して観に行った。
いやあ、確かに面白かった。
D級アイドル如月ミキの自殺から丸1年。ファンサイトの常連5人が集まった。
──主催者でかなりコアなマニアの家元(小栗旬)、田舎の純朴なファンという感じの安男(塚地武雅)、ハンドルネームからしてカッコつけすぎで色んなことにやたらと厳しいオダ・ユージ(ユースケ・サンタマリア)、対照的に典型的なお調子者のスネーク(小出恵介)、そして一人だけ年食ってて如何にも危ないオタク風のイチゴ娘(香川照之)。
所謂オフ会なので、お互いに事前に知っているのはハンドルネームとそれぞれが書き込んだ情報だけである。その彼らのプロフィールが、まるでベールを1枚ずつ剥がすみたいに順番に明らかになって行き、ついにはミキの死の真相にまでたどり着いてしまう。
まさに計算し尽くされた非常によくできた脚本である。書いたのは古沢良太。「ふるさわ」ではなく「こさわ」と読む。『ALWAYS 三丁目の夕日』を手掛けた人らしいが本来は劇団の人である。
で、本人も充分意識しているようだが、91年に中原俊監督が三谷幸喜の脚本で撮った『12人の優しい日本人』を思い出した。あれに勝るとも劣らない見事な構成である。
そして、設定やストーリーのみならず台詞回しもかなり巧い。特に小出恵介に言わせる無意味な台詞の連発を聞いていると「いるいる、こんな奴」と思ってしまう。とてもリアルだ。
そして、登場人物の本性を明かすにしても一旦は「なるほどそういう人だったのか」と納得させておいて、実はまだその先があるという、したたかな2枚腰の筋運びにはあっぱれと言いたくなるくらいである。
ともかく筋が命の映画なので、何も具体的に書けないのが残念なのだが、これは予備知識なしで観たほうが間違いなく面白い映画なので、その分逆に充分楽しんでほしい。
僕はこの手の映画を観る時決して先を読もうなどと思わずにボーッと観ているのだが、にも拘らずかなり早い段階でいろんなことが読めてしまう映画がある。そういう時は非常にげっそりするのだが、この映画に関しては全くそういうことはなかった。
脚本に関して唯一の難点を挙げれば、エピローグが長いこと。一切の種明かしが終わったら、もっとスパッと終わって良かったのでは? 何度ももう終わりかと思わせて終わらないというのも狙い通りだったのだろうけど、ラッキィ池田の振付で躍らせたのは非常に良かったとして、最後の宍戸錠は余計でしょ?
まあ、それは僕の私見。非常に程度の高い脚本であったことは誰にも否定できないだろうと思う。
ただし、脚本家の手腕ばかりが目立って監督の手腕が見えない映画であったのも確かで、そもそもこういうワン・シチュエーションの密室劇で、出演者は男ばかり、何人か着替える者もいるが基本的に全員が黒の喪服となると、映画的な面白さを出すのが非常に困難になるのは仕方がない。
ただ、映画はやはり第一義的に映像作品なのであって、どんなに素晴らしい脚本であっても、映像としての魅力を出せなければ、映画としては無価値なのである。
確かに映像的な工夫も凝らしてはいた。回想シーンがコマ撮り風の映像になるところとか、如月ミキの顔がなかなか映らないところとか。でも、それだけではちとしんどい。
中原俊みたいな鬼才と比べると気の毒ではあるが、『12人の優しい日本人』にはもっともっと映像的な工夫が感じられた。「絵コンテを用意せずに役者を自由に動かした」という記事をパンフで読んだのだが、それは違うだろ、という気はする。
良く書けた台詞なのに、役者の演技が時々乗りの悪い化粧みたいな、台詞が役者の肌に馴染んでいない印象を与えたのも演出の責任かなという気がする。
そういう意味で、これは今年のベストテンに入ってくる脚本かもしれないけれど、決してベスト50に入ってくるような映画ではないと思う。
と、まあ、審査員目線で意地悪く書いたらこうなる訳だが、実際観ていて何の不満もない大変面白いエンタテインメントであることは請け負う。
是非舞台で観てみたい。観客の反応を見ながら役者がアドリブを入れられたり、翌日座付作者が台詞を書き換えたりするようなライブ感溢れる環境で演じたら、この傑作はもっと活きてくるのではないだろうか。
★この記事は以下のブログからTBさせていただきました。


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