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Saturday, June 30, 2007

雷鳥羽ばたかず

【6月30日特記】 また、やられちゃいました。いや、ずっとやられてたのに気づかなかっただけなんですけど。

今日 Mozilla Thunderbird を開いてメール本文中のURLを突っついてみたら、何も起こらないんです。本来はそのページに飛ぶはずなんですけど。今まで機会がなくて気づかなかったけど、いつからかこんなことになっていたようです。

これはまた、例によって Microsoft の嫌がらせですね。

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Friday, June 29, 2007

語り部

【6月29日特記】 「この人だいぶボケてきたなあ。またおんなじ話してる」と思いながら僕の話を聞いてくれている人が、僕の周りには多分常に何人かいると思う。

確かに僕も多少ボケてきてはいるんだが、ま、だけどそういう風に思われるほどはボケていないつもりなのである。

何度かした話であることは分かっている、と言うか、厳密には「この中にはこの話を聞いたことのある人が多分何人かいるなあ」とは思いながら喋っているのである。

逆に言えば「この話は全員には話していないぞ」「この中には聞いたことのない人が多分何人かいるなあ」という確信があって、だからこそここで話すという決断を下したのである。

悪いけど、一度聞いた人にはちょっと辛抱してもらっているのである。いや、この話は2度聞いて2度笑えるかも、と思って話していることもある。

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Thursday, June 28, 2007

DEJIHAN

【6月28日特記】 nifty から配達記録郵便。何だろう?と思ったら、このブログのQRコードのハンコである。補充用のインクまでセットになっていて、紙のケースには DIGIHAN、ではなく DEJIHAN と書いてある。

Dejihanそう言えば、ココログが携帯でも閲覧可能になった時に、「今登録すればもれなく(だったか?)QRハンコを差し上げます」みたいなことが書いてあった・・・ような気がする。

押してみると、ホントに小さい、1cm四方もない、せいぜい7mm四方くらいの黒い2次元バーコード。しかし、小さいながら極めて 鮮明に写る。

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Wednesday, June 27, 2007

『物語の役割』小川洋子(書評)

【6月27日特記】 これは物語とは何かということを読者の立場から語った本であると同時に、小説家の立場から解きほぐした本でもある。特に第2部は京都造形芸術大学での講演が基になっており、創作ということを念頭に置いた構成になっている。

実はこの直前に保坂和志の『書きあぐねている人のための小説入門』という本を読んでいたのだが、書いてあることに共通点が非常に多い。

第2部から章題を抜き出すと、「言葉は常に遅れてやってくる」「テーマは最初から存在していない」「死んだ人と会話するような気持ち」「ストーリーは作家が考えるものではない」等々、保坂のあの本と似たようなところがたくさんある。

驚きはしなかった。多分共通点が多いだろうと思って読み始めたから。この辺りのことはこの2人の作家独特の感じ方ではなく、実はいろんな作家が指摘していることなのである。

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Tuesday, June 26, 2007

映画『キサラギ』

【6月26日特記】 映画『キサラギ』を観てきた。予告編をチラ見しただけで一旦はパスを決め込んだ作品だったのだが、なんだか知らんがやたら評判が良いのである。特に脚本に対する評価が高い。それで観るだけの価値ありか、と翻意して観に行った。

いやあ、確かに面白かった。

D級アイドル如月ミキの自殺から丸1年。ファンサイトの常連5人が集まった。

──主催者でかなりコアなマニアの家元(小栗旬)、田舎の純朴なファンという感じの安男(塚地武雅)、ハンドルネームからしてカッコつけすぎで色んなことにやたらと厳しいオダ・ユージ(ユースケ・サンタマリア)、対照的に典型的なお調子者のスネーク(小出恵介)、そして一人だけ年食ってて如何にも危ないオタク風のイチゴ娘(香川照之)。

所謂オフ会なので、お互いに事前に知っているのはハンドルネームとそれぞれが書き込んだ情報だけである。その彼らのプロフィールが、まるでベールを1枚ずつ剥がすみたいに順番に明らかになって行き、ついにはミキの死の真相にまでたどり着いてしまう。

まさに計算し尽くされた非常によくできた脚本である。書いたのは古沢良太。「ふるさわ」ではなく「こさわ」と読む。『ALWAYS 三丁目の夕日』を手掛けた人らしいが本来は劇団の人である。

で、本人も充分意識しているようだが、91年に中原俊監督が三谷幸喜の脚本で撮った『12人の優しい日本人』を思い出した。あれに勝るとも劣らない見事な構成である。

そして、設定やストーリーのみならず台詞回しもかなり巧い。特に小出恵介に言わせる無意味な台詞の連発を聞いていると「いるいる、こんな奴」と思ってしまう。とてもリアルだ。

そして、登場人物の本性を明かすにしても一旦は「なるほどそういう人だったのか」と納得させておいて、実はまだその先があるという、したたかな2枚腰の筋運びにはあっぱれと言いたくなるくらいである。

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Monday, June 25, 2007

『殯(もがり)の森』を途中まで観る

【6月25日特記】 『殯(もがり)の森』を途中まで観た。見る環境によって「もがり」の字は文字化けしているかもしれない。インターネット時代にわざわざこういうちゃんと表示できるかどうか判らないような文字を選んでタイトルにするのもどうかと思う。僕なら間違いなく避けるけどなあ。

だいいち「もがり」と打って変換キーを叩いても出て来やしない。

どうしてこんな小難しいタイトルをつけるんだろう? これが例えば倉橋由美子の小説のタイトルなら何の違和感もない。漢籍からギリシャ神話まで驚異的な読書量を誇る彼女の語彙には、こういう難しい単語が含まれている可能性が充分あるからだ。でも、凡人がこういう単語を持って来ると如何にも借りてきた感がある。

河瀬直美が凡人なのか凡人でないのか判断できるほど僕は彼女についての情報を持ち合わせていないのだが、少なくともこういうタイトルを持って来るところを見ていると「私は凡人ではない」と主張したがっている人物に思える。

どうも僕はこの監督とは相性が悪いようである。

『萌の朱雀』はテレビで見た。例によって僕は観た映画についてほとんど何も憶えていないのだが、死ぬほどしんどい映画だったという記憶だけはある。ひょっとして最後まで観なかったのではないかと思って記録をチェックしてみたら、一応最後まで観るには観たようだ。

でも、しんどい映画だった。

そして、今回の映画のテーマは認知症だ。自分の母親が認知症に罹ってしまった身としては微妙な映画である。もちろん、身内に認知症の人間がいても、それがどの段階にあってどういう状態にあるかによって、こういう映画を見るのが辛かったり割合平気だったりするもんだ。

幸いにして僕は今、割合平気な状態にあると思う。それで、この映画を観てみることにした。

東京での劇場公開は始まったようだが、僕が今日見たのはカンヌのグランプリ受賞の数日後にNHK BS-hi で放送したのを録画したものである。

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Sunday, June 24, 2007

WOWOW FILMS『犯人に告ぐ』

【6月24日特記】 WOWOW FILMS『犯人に告ぐ』を観た。今までの"ドラマW"の流れなんだけど、WOWOW が満を持してスタートさせる劇場用映画レーベルが"WOWOW FILMS"である。んで、秋の劇場用公開に先駆けて今夜一夜限りの先行放送があった。

僕はこういうジャンルの映画はあまり見ないのでうまく評する自信がないのだが、ま、これなら1800円払って劇場で観ても良いかなという感じはする(古くからのWOWOW視聴者なので多少好意的になり過ぎていたらお許しあれ)。

原作は雫井脩介という作家のベストセラー小説だそうだが全く知らなかった。監督は瀧本智行という人で、この人のことも聞いたこともなかったが、2004年に『樹の海』で監督デビューしてこれが2作目である。

脚本は福田靖。ふーん、CXの『救命病棟』や『HERO』で名前を売った人だ。

撮影は『樹の海』に引き続いて柴主高秀。スタッフで僕が知っていたのはこの人ひとりだけだ。この人の映画は4本観ている──『スウィングガールズ』、『いま、会いにゆきます』、『どろろ』、『蟲師』。

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Saturday, June 23, 2007

映画『しゃべれども しゃべれども』

【6月23日特記】 映画『しゃべれども しゃべれども』を観てきた。

平山秀幸がファースト助監督を務めた作品は6本観ているが、監督作品となると『レディ・ジョーカー』以来2本目だ。あれは失敗作だった。そもそも高村薫のあの大著を2時間の映画にしようとしたのが失敗だったと思う。

その一方で大林宣彦が宮部みゆきの『理由』を、あれだけ登場人物が多いのに見事に映画化していたのを思い出して、やっぱり平山秀幸と大林宣彦では監督としての格が違うのかななどと思ったりもする。

てなことは、まあ措いといて、この映画、非常に評判が良いのである。だから、平山監督に対するそんな先入観は抜きに観てみることにした。確かに今年観た邦画の中ではかなり上位に来る出来である。

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Friday, June 22, 2007

若いころの僕にそっくり

【6月22日更新】 まことに変な表現だが、母を見ていると若いころの僕にそっくりだなあと思う。

僕らは人に迷惑を掛けたり掛けられたり、助けたり助けられたりしながら生きて行くものだ。このことを、たとえば僕の場合は、人生の最初の30年くらいをかけて学習した。

それは人生の基本的な認識だと言える。

しかし、哀しいかな、母はそのことを学習する環境にないまま生涯を過してしまった。いや、それどころか、「どんなに苦しいときでも誰の助けも得ずに自分ひとりで立派に切り抜けてきた」というのが彼女のプライドとなり、彼女が苦しい時代を乗り切って行く上での生きる糧になってしまったのである。

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『書きあぐねている人のための小説入門』保坂和志(書評)

【6月22日特記】 こんな面白い「読み物」にはめったに出会うものではない。そもそも本当に「小説を書きあぐねている人」がこの本を手に取ったりするんだろうか?

その手の学校に通ったりして、先生に言われたことを一生懸命守って小説を書き始めるんだけれど、どうしても書き上げられない──そんな人がもし本屋で偶然この本を見つけて読み始めたとしたら、ひょっとするとこれほど不幸なことはないかもしれない。

何故なら保坂の論に従うと、他人の書いたものを鵜呑みにしてそこに書いてあることを律儀に実践しようという態度が小説から一番遠いものであるからである。

だからと言って、この本は保坂がそういう人たちを愚弄して書いている本かと言えば決してそういうことはなく、むしろこれから小説を書こうとする人たちのために一心不乱に書いた本である。そこには作家としての彼の呻吟が見える。彼が苦労して苦労して掴んだエッセンスをなんとか皆に分け与えようという心構えが見える。

あとがきには、「これを読んでどうしてもわからないところがあったら、編集部まで手紙をください」とまで書いている。そんなことを書くときっと的外れな質問文ばかりが届くのは目に見えているにもかかわらず。

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Wednesday, June 20, 2007

ネクタイ・ハンガー

【6月20日特記】 ウチの会社には苟もサラリーマンのくせにネクタイしてない奴、と言うか、ネクタイなんかしたことない奴もいっぱいいるんだけど、僕の場合はそんな会社でずっとネクタイをしてもう20年以上過ごしてきた。

で、そういう生活をしていると自然とネクタイが増えてくる。自分で買うのが基本だが、「あの人はネクタイをする人だ」となると何かの折に他人から贈られることも多くなる。

基本的に消耗品なので、絞めるところが擦り切れてきたり洗濯しても落ちないくらい汚れてきたりしたら捨てるのだが、気に入ったネクタイは却々捨てられないものだ。一方、他人からもらった気に入らない柄のネクタイは絞めることがないのでいつまでも新品で、従っていつまでも捨てられない。

そういう風にしてネクタイは増えて行く。

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Monday, June 18, 2007

成海璃子発見

【6月18日特記】 昨日、WOWOWから録画してあった『妖怪大戦争』を観た。妻が見たいと言ったので録画したのだが、僕は一昨年のロードショーを観ていた(その時の映画評はここ)ので2回目である。

この映画も水木しげるが絡んでいるので、5月に観た『ゲゲゲの鬼太郎』との共通点もたくさんあって楽しめた。

そして、主人公の神木隆之介の姉&のっぺらぽう役の成海璃子を発見!
いやあ、あの時はちっとも気がつかなかった、と言うか知らなかった!

こういう発見があるのが2回目視聴の楽しみだよね。

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Sunday, June 17, 2007

東京考

【6月17日特記】 こないだ東京出張して久々に実感したのだが、東京に行くたびに思うことがある。

よく東京のことを冷たく厳しい街みたいに言う田舎出身の人がいるけど、独りで生きて行く人間に対して東京ほど優しい街はないんじゃないかと思う。

もちろん物価が高いという基本的に厳しい条件はある。その線を越えられない者は自殺するかホームレスになるか田舎に帰るしかない。でも、なんとかかんとかそこを越えて見通しが立って来ると、独りで生きて行く人間にこれほど優しい街はないと思うのだ。

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Saturday, June 16, 2007

映画『あるスキャンダルの覚え書き』

【6月16日特記】 映画『あるスキャンダルの覚え書き』を観てきた。

ひえ~\(◎o◎)/! コエーよー。んでもって、フィリップ・グラスの音楽がその怖さを増長する。ミニマル・ミュージックというのはある種不安感を募るのに持って来いの音楽ですからね。

セントジョージ中学で歴史を教えるベテラン教師・バーバラ(ジュディ・デンチ)。そこへ赴任してきた新任の美術教師シーバ(ケイト・ブランシェット)。生涯孤独なバーバラがシーバを"取り込む"話──ものすごく怖い。

取り込むきっかけは生徒同士のけんか。それを収拾できないシーバに代わってバーバラが割って入って見事に収める。そこから親しくなり、家にも招かれる。

予想に反して、シーバの夫は自分と同年輩の再婚男。生意気盛りの娘とダウン症の息子がいる。

そして、やがて、シーバが男子生徒スティーヴン(アンドリュー・シンプソン)と関係を持ってしまったことを突き止めたバーバラは・・・。ここから先はもう書かない。ともかく恐ろしい。

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Friday, June 15, 2007

電話でGO!

【6月15日特記】 携帯電話をセンサーにかざしてゲートをくぐったとたん、出迎えに来ていたフライト・アテンダントのお姉さんがわざわざ寄ってきて言う。

「携帯で乗るの初めて見ました。カッコ良いですね。感激しました」

決して搭乗客へのリップ・サービスではなく本心から言ってるみたい。興奮している。フライト・アテンダントがそんなことで興奮してどうする、と思いながら、「いや、実は僕も初めて乗りました」などと答える。

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Wednesday, June 13, 2007

異業種監督に想う

【6月13日特記】 市川準監督の『あしたの私のつくり方』の記事に書いたのだけれど、昔から僕は異業種からの参入監督に対してどうしても懐疑的になってしまう傾向がある。そんなに簡単に映画が作れるもんかという反感を抱いてしまうのである。

それはある種、まっとうに苦労して修業を積んできた人たちに対する敬意であるのかもしれない(余計なお世話だが)。あるいは異業種監督の作品に何度か裏切られて(最たるものは村上龍本人が監督した『だいじょうぶマイ・フレンド』かな?)羹に懲りてなますを吹くというやつかもしれない。

だから、市川監督についても、結構気になっていたにも拘わらず、デビュー以来16作連続でパスしてきた。

『監督・ばんざい』の記事には書かなかったけれど、これは北野武監督に対しても同じで、だから僕は『その男凶暴につき』を軽くパスした。ところが、今となってはなんで観たのか定かではないが、ともかく『3-4x 10月』を観てしまったのが運の尽きで、以来テレビでの観賞を含めてだがほとんどの作品を観ている。

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Tuesday, June 12, 2007

『ほしいあいたいすきいれて』南綾子(書評)

【6月12日特記】 女の人はこういうのを見ると眉をひそめるのかもしれないが、男としては随分そそられるタイトルである。一生に一度で良いからこんなこと言われてみたい(「あれ?言われたことないの?と嗤わないでください)。

で、タイトルから解るように、これは言ってみれば女性が主人公のセックス小説である。20ページちょっとの『夏がおわる』と120ページほどの表題作が収められているのだが、前者のほうが遙かに出来が良いように思う。

前者の主人公はセックスが好きで頭の弱そうな女の子。こういう娘に男は弱い。ただ、とことん頭が弱ければ男に不自由せずに暮らすことはできない。とっかえひっかえ男とヤレルのは男の捉え方をしっかりと心得ているからである。ちょっと頭が弱そうな点は明らかに男を捉える助けになる。そして、こういう女の子は決まって同性に嫌われる。

そして、こういう女の子が描ける作家は、多分セックスは好きなんだろうとは思うけれど、それだけではこういう話は書けないのであって、多分相当頭の良い女の子なのだと思う。

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電子レンジ試算

【6月12日特記】 昨日、家に帰ったら新しい電子レンジが置いてあった。リコールになった欠陥品に替えて松下電器が持ってきた代用品である(詳しくはここを読んでください)。

が、どうも妻が浮かない顔をしている。よくよく聞いてみると、結局この電子レンジと交換したんだそうな。

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Monday, June 11, 2007

3 word phrase

【6月11日特記】 昨日、阪急梅田駅のプラットフォームで60歳くらいの女性に呼び止められた。

携帯音楽プレイヤを聴いている人間を呼び止めるなんて珍しいなあ、と思いながら、たまたま静かな曲がかかっていて「すみません」という声が聞きとれてしまったので、僕はやむなくイヤフォンを外した。すると女性は言った。

「わたし、韓国、大阪駅」

これを聞いて僕は、人間のコミュニケーション能力はなんと素晴らしいものだろうと感心してしまった。そのおばさんのコミュニケーション能力ではない。おばさんの 3 word phrase を聞いて、「私は韓国から来ていて道が分からないのですが、大阪駅にはどう行ったら良いでしょうか?」という文章を再構成してしまった自分自身の能力に対してである。

しかし、これに対してどう返すか? 彼女と同じ流儀で、

「あなた、ここ、まっすぐ行く、阪急百貨店、角、右曲がる、突き当たり」

などと言っても多分通じないだろう。現に僕が「JRの大阪駅に行きたいんですか?」と訊き返しても明瞭な反応がない。

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Sunday, June 10, 2007

映画『赤い文化住宅の初子』

【6月10日特記】 映画『赤い文化住宅の初子』を観てきた。関西圏でテアトル梅田1館のみ。しかもモーニング&レイトショーのみ。

つまり、関西でこの映画を観ようと思う人は早起きか夜更かしを強いられる訳だ。たまの日曜はサンデーというのに何が因果というものか(これが何からの引用か判る人はすごい)。

でも、さすがに客はよく入っていた。もっと少ないかと思った。なんと言っても貧困、それも絶望的な貧困を扱った映画である。今どきそんな映画にこれだけ客が集まるとは思わなかった。

僕らが子供の時には貧困ははっきりと目に見えて存在した。今はそれが消えてなくなった訳ではない。先鋭的な形で出て来ないように社会にいろいろな仕掛けが張り巡らされた結果、寸前で止まるケースも増えたし、堕ちるところまで堕ちてしまったケースも目に入りにくくなった。

でも、何かの具合で最後のセイフティ・ネットをするりと抜けてしまうと、やっぱり今でもすぐにこんな事態に陥るのである。

初子(東亜優)は三島くん(佐野和真)と一緒に東高校を受験したい。でも、貧乏で進学なんて出来そうもない。参考書も買えないし弁当もおにぎり1個だし、家の電気も止められる。

父は蒸発。母は過労死。

工員の兄(塩谷瞬)は、自分は高校中退なのに兄であるというだけで妹のために何でもしてやらなければならないのか、と初子に毒づく。

俺には何でもしてくれる誰かなんかいない。お前のほうから中学出たら就職すると言ってくれるかと思ったら受験勉強なんかしてる。俺のほうから進学諦めろなんて言うと、それじゃ全くのダメ兄貴だ。自分から言わないお前はずるい。

そんな理屈にも何にもなってないことを言う兄である。

初子がアルバイトをしている中華料理店のオヤジ(鈴木慶一)は初子との約束を違えてバイト代を勝手に減らしておいて、言う。

時給600円と言ったのは高校生の場合だ。親切で雇ってやってるんだ。中学生のくせにカネ、カネ言うな!

これまた理屈も何もあったもんじゃない。挙句の果てに初子を馘にする。

これをひとことで言うと"荒(すさ)んだ環境"ということになる。兄の給料が風俗に消えてしまうのも心が荒んでいるからだ。ラーメン屋のオヤジが辛く当たるのも彼の心が荒んでいるからだ。担任の女教師(坂井真紀)が教師としては全くやる気がなく男遊びを重ねているのも心が荒んでいるからだ。

そしてそんな荒んだ環境にあって、不幸は全て初子の肩にのしかかってくる。初子の心もおのずから荒んで来る。だから、やたらと独り言が多い。独り言の多い中学生って非常にやばい。

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Saturday, June 09, 2007

買い置きゼロ恐怖症

【6月9日特記】 買い置きゼロ恐怖症って、あるでしょ? 人によって対象は違うけど。いざというときに買い置きがないのが怖いから、「あれ?買ってあったかな?」と思いながらつい買っちゃう。

そういう訳で母の家から醤油の瓶が5本出てきたり、伯母の家に料理用ラップが30本あったりするのです。

あなたは何の恐怖症ですか? 妻はハミガキ買い置きゼロ恐怖症みたいで、しょっちゅうハミガキを買います。だから家の中に時々たくさんハミガキが溜まっていたりします。

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Friday, June 08, 2007

煙草の煙

【6月8日特記】 今日初めて会社で「ひょっとして煙草やめました?」と訊かれた。4月14日にやめてから最初に気がついた人物である。実際妻も1ヶ月近く気がつかなかったことだし、まあ、そんなもんだろう。

今まで風邪をひいたりして体調が悪かったときでも単に一時的に控えるだけのことであって、一度たりともやめようと思ったことはなかった。

それが4月12日にふと何の気なしにやめようかなと思って、初めてやめようと思ってる自分に気がついて、それも何かの潮時だなあと思って本当にやめることにした。

ただし、今まで何十年もお世話になった煙草を突然バッサリやめてしまうのも煙草に対して不義理な話だと思い、封を切った吸いかけの1パッケージと、買い置きの1パッケージを完全に吸い終わってからやめることにした。最後の一服をしたのが4月14日の昼頃だった。

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Wednesday, June 06, 2007

映画『監督・ばんざい!』

【6月6日特記】 映画『監督・ばんざい!』を観てきた。

そもそも最近の北野武をどう見るかという問題がある。

前作『TAKESHIS'』は随分解りにくいという触れ込みであったが、実際見てみると、僕にとっては「これのどこが解りにくいの???」と言いたくなるような映画だった。だから今作についても同じように抵抗感がない。ただし、これは『TAKESHIS'』よりも遙かに訳解らん映画だと思うよ。それから、ここんとこ北野監督がとても内省的になっているのも確か。

「ギャング映画を封印した」と宣言してしまったバカな北野武監督が、そこから脱皮しようとして様々なタイプの映画を作るという筋立てで、ここには6本の作中作が登場する。

小津安二郎風の『定年』、ラブ・ストーリー『追憶の扉』、昭和30年代もの『コールタールの力道山』、ホラー『能楽堂』、時代劇『蒼い鴉 忍PART2』、SFスペクタクル『約束の日』。

ところが最後の『約束の日』の中で、小惑星の表面に岸本加世子と鈴木杏の顔が発見されてから俄かに訳わかんなくなってくる。伊武雅刀のナレーションもいつの間にやら消えてしまっていて、もう筋も設定も無茶苦茶、荒唐無稽なギャグの世界に入ってくる。

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『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦(書評)

【6月6日特記】 『太陽の塔』を読んだときに(そのときの書評にも書いたのだが)果たしてこの作家は次の作品が書けるのだろうかというのが僕の心配だった。

『太陽の塔』は(これまた京大出身である)万城目学が言うところのイカキョー(いかにも京大)的な主人公による青春小説で、その魅力はまさにイカキョーなキャラクターであった(しかし、話は逸れるが万城目の『鴨川ホルモー』では、僕らがかつて「いかにも阪大」と言って笑いものにしていたファッションがイカキョーとして紹介されていたのには驚いた。閑話休題)。

これはこれで京大生を知っていれば知っているほど笑えるし、逆に胸にずしんと響くものもある作品だった。しかし、その後もずっとそのテーマで小説を書き続けるわけには行くまい。彼はここから抜け出して次のテーマで新たな小説が書けるのだろうか?──というのが僕のお節介な懸念であった。

そういう思いがあったので、その後の彼の作品をなかなか読んでみる気にならなかったのであるが、この『夜は短し歩けよ乙女』はやたらと評判が良くて賞をもらったりもしている。半信半疑で手にとってみて読後第一の感想は「なんや、書けるやんけ」ということだった。

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Tuesday, June 05, 2007

人事異動の季節

【6月5日更新】 役員改選の季節である。そしてそれに伴う人事異動の季節でもある。

同じ業界でよく知っている人物が昇格して新聞や業界誌に載っているのを見るとなんだか淋しい気分になる。

自分が取り残されて行く淋しさというのとは違うのだ。サラリーマンの生き残り方ってそういうのしかないのかな、という淋しさである。

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Monday, June 04, 2007

Joining Wiki

【6月4日特記】 もう1ヶ月近く前になるかなあ、実はウィキを執筆してみた。

自分が Wikipedia に書けることなんかないと思っていたのだが、まあ、よく考えてみるとないでもなかった。

在阪局とは言え常時ネット番組もいくつか制作/放送しているTV局に何十年も勤めていれば、たとえ制作の経験はなくても多少とも深くかかわった番組はいくつかある。そして、たまさかそれらの番組の中で、結構詳細な記録を残している番組があることに気づいたのである。

詳細な記録を残していたのは無論私である。

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Sunday, June 03, 2007

映画『あしたの私のつくり方』

【6月3日特記】 映画『あしたの私のつくり方』を観てきた。

僕は長らく市川準という監督を見くびってきた。

思えば彼が映画デビューしたあの時代、彼がそうだったようにCM制作などの異業種からの転入組監督が非常にたくさん出た。僕は「映画作りはそんなに甘いもんじゃないぞ」と、まるで自分が映画界に勤めているみたいに(実際はCM制作のほうがよっぽど近い会社に勤めているにもかかわらず)そんな監督たちに反感を抱き、彼らを舐めてかかってきた。

だから僕は、彼にとっての監督第17作である一昨年の『トニー滝谷』まで1本も観ようとは思わなかった。『トニー滝谷』を観たのも村上春樹原作であったからに他ならない。

そして、その『トニー滝谷』ですっかり認識を改めた。だから以後は観ることにした。もっとも去年の『あおげば尊し』は見損ねたのだが・・・。

市川準の巧さはどこにあるか? ──例えば、この映画ではこんなシーン。

寿梨(成海璃子)がアドレスを聞き出してメールを書き送る。充電中の日南子(前田敦子)の携帯が鳴る。ところが学校でずっといじめに遭っている日南子には友だちもいなければメールをもらう当てもない。だから一瞬身構える。すぐに携帯を手に取ろうとはしない。

やがて携帯を取ろうと勉強部屋の席を立つ。カメラは追いかけない。フレームアウト。携帯を手に日南子がフレームイン。複雑な表情で携帯の画面を見つめる日南子。カメラは依然固定。そして切り替わらない。

普通ならもう少し早く次のシーンに変わる。だが切り替わらない。30年前のドラマなら違和感のないリズムだ。しかし、最近のドラマはもっとカット変わりが早い。そこを間を持たせて切り替わらない。編集点がいつもより後ろにずれているのである。

──そういう間の取り方、と言うか、引き延ばし方と言ったほうが良いかもしれないが、それが市川監督の演出の技ではないだろうか?

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Saturday, June 02, 2007

今歌う歌

【6月2日特記】 竹内まりやのアルバム"Denim"を聴いている。

「気がつけば五十路を 越えた私がいる」(『人生の扉』)などというフレーズが出てきて、ドキッとする。

竹内まりやって俺より年上だったのかという軽い驚きと、お互い年を取ったもんだという深い感慨と・・・。

そして、突然思い出したことがある。

あれは僕がいくつの時だったろう?  小沢昭一というタレントがいて、『俺たちおじさんには今歌う歌がない』という自作の歌を歌っていた。

小沢昭一という人は確か昭和元年の生まれ(それで昭一と名づけられた)だったはず。つまりは僕の両親の世代である。その小沢昭一が今の僕くらいの年齢の時に、自分たちが今歌う歌がないと不遇を託っていたのである。

僕らには今歌う歌があるだろうか?

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