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Saturday, May 19, 2007

ネットの特性と人間の悪癖

【5月19日特記】 世の中にブログというものが広がってきて、その一方でブログ炎上の例をいくつか自分の目で見てきて、僕らは少し賢くなった。

学校で友だちとだべったり、近所の奥さんとの井戸端会議(こりゃ死語ですね)でペラペラくっちゃべってる時と同じつもりで、迂闊に何かを悪しざまに非難したり暴論を吐いたりすると、ネット上ではえらい目に遭うのである。

自分のブログなんて誰も読まないだろうと高を括っていると大けがをすることになる。誰も積極的に読みに来はしないのだが、それは容易に検索されて発掘されてしまうのである。

さて、このことから得られる教訓は何か?
ネットってそういう空間だから気をつけたほうが良い──か?

僕は最近逆のような気がしてきたのである。

つまり、僕らは今まで日常生活において、本来口にすべきでないようなことをたくさん安易に喋っていたのではないか。ネット上に書いてはいけないことは、近所の友だちに対しても喋ってはいけないことではなかったのか、と。

もちろん、そこまで言うと窮屈すぎると言うのも解る。他人の悪口はその人がいないところで、陰でコソコソ言うのが礼儀である。少々無茶苦茶な発言でも、家の中で家族に対してだけ発せられたものであれば許されるという面もある。

だが、逆に言えば、差別意識は家族の中で、上の世代から下の世代へと伝承されるものである。憎しみは狭い同朋意識集団の中で純粋培養されて増幅するものである。

「○○国人は全員死刑にすれば良いんだ!」とか、「女はひっこんでりゃ良いんだ」とか、そういうのって家族や親しい友人たちに対しての限定的な発言であっても、言うべきではないのではないだろうか? ブログに書いて炎上する恐れがあるようなことなら、どこであっても口に出すべきでもないのではないだろうか?

いや、そう書きながら僕自身にも迷いはある。そこまで詰め切って良いのかどうか?
でも、ブログ炎上の事例をメディア特性論のみに帰結してしまうのも、何だか矮小化されているような気がするのである。

ま、こういう風にいろいろ思い悩んだりするきっかけを与えてくれるのもまたブログであり、そんなことを思っているとまたぞろ意識はブログやメディア特性論に向かってしまいがちなのだが・・・。

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