『朝日のようにさわやかに』恩田陸(書評)
【5月17日特記】 僕の場合、長編小説には抵抗がないのだが、短編となるとどうも腰が引けてしまう。短編の場合一般に印象が薄くなるのが怖いのである。そして、そのことを考えると短編というのは書き手にとってもとても難しい仕事ではないかなと思うのである。
いずれにしても短編の場合は余韻勝負みたいなところがある。鮮やかな余韻でも良いし、どんよりした余韻でも良いのだが、どちらの場合も書き込み過ぎてはいけない。かといって説明不足のまま終わってしまうと、読者に「こんなんだったら俺にでも書ける」と思われてしまう。
そこんところのバランスをうまく突くことができる作家にしか短編は書けないのである。
この本の著者は変幻自在の恩田陸であるだけに、予想した通り、さながら彼女の作風のショーケースのようになっている。
たとえば冒頭の「水晶の夜、翡翠の朝」は水野理瀬シリーズの寄宿舎ものである。いや理瀬は出てこないので、今で言うスピンアウト企画である。このシリーズの熱狂的なファンもいるのだろう。僕も何篇か読んではいるが、これは僕のストライク・ゾーンではない。
僕の好みで言えば、最後から3番目の「楽園を追われて」あたりかな。この2つが一番長くて40ページほど。2番目に収録されている「ご案内」は3ページしかない。非常にバラエティに富んでいる。
本人によるあとがきを読むと、それぞれにアガサ・クリスティや稲垣足穂を意識していたり、児童文学であったりスプラッタ・ホラーであったりで、いちいちなるほどと思ってしまう。読者はそれぞれ自分の好きな恩田陸を楽しめば良いのである。
この短編集で僕が一番ニヤッと笑ってしまったのは最後に収められた表題作である。僕はこの作家がこんな風に「知に働きかけてくる」ところが大好きだ。こじつけや嫌味にならないところで寸止めにするのがこの人の技だと思うのだが、心太の下りは「ちょっと知に走り過ぎちゃったねえ」という気がする。逆にそういうところがとても可愛いのである。
多分僕の感想は多くの恩田ファンとは異なるのだろう。でも、ご安心を。この短編集の中には必ずあなた好みの恩田陸が見つかるだろうから。ただし、それは全作品ではないはずだ。
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