『下流志向』内田樹(書評)
【4月8日特記】 自分の読んだ本を他人に薦めることなど滅多にしない僕がほんの30ページほど読んだところで早くも(雇用関係の仕事に就いている)妻に薦めていた。それほど全てが腑に落ちる本だった。
見事な論理展開で文字通り正鵠を得た指摘であり、スリリングでショッキングで、おまけに示唆に満ちている。
若者は何故学ばない/働かないか? それは彼らの怠惰のなせる業ではない。もし単なる怠惰であるなら「『うっかり教師の話を最後まで聴いてしまった』ということがあっていいはずだ」(67ページ)と著者は言う。それはむしろ自らが主体的に選び取った生き方なのである。
なぜそんな生き方を選び取るかと言えば、彼らは物心ついた時に労働主体としてではなく消費主体として社会に登場したからであり、市場原理に従えば自分から努力して学ばないという生き方はある種必然性を帯びてくるのである。
だからこそ、彼らは学校で「先生、これを勉強すると何の役に立つんですか」という問いを平然とぶつける。しかし、筆者が言うには「何のためにそれを習っているのかを、習い始めるときには言えない」のが学び本来の特質なのである。
第1章「学びからの逃走」で学ばない若者の心理を分析した後、第2章「リスク社会の弱者たち」を経て第3章「労働からの逃走」で今度はニートなど働かない若者たちを総括している。
僕のこの文章では相当割愛してしまっているので、どこがそんなに見事な分析なのか解りにくいと思うが、目次から副題を抜粋しただけでもこの書物の卓越性が窺い知れる。
「学力低下は自覚されない/教育サービスの買い手/不快という貨幣/未来を売り払う子どもたち/リスクヘッジを忘れた日本人/自己決定する弱者たち/実学志向/「学びかた」を学ぶ/家族と親密圏/余計なコミュニケーションが人を育てる」等々。
僕は今日に至るまで、「徹底して成熟した個人主義」を人生の指針として生きてきた。この本を読んで、その指針に少しヒビが入った気がする。日本の未来のために自分は何をすべきかということを強く意識させてくれる本である。
僕より1ヶ月半前に(bk1に)書評を投稿しておられる鳥居くーろんさんの結びの文章の「その第一歩として……そうだな、草むしりからはじめようか」という表現に妙に親近感を覚えてしまった。そう、まずは身の周りの小さなことからだね。
(註: このブログに掲載している2012年3月以前の書評は、全てオンラインブックストア bk1 に投稿して掲載されたものです)
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