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Wednesday, March 28, 2007

臆病、論理的思考、想像力

【3月28日特記】 このごろ殺人事件のニュースがやたらと多い気がする。しかも、一時的な感情の昂ぶりから後先を考えずに殺してしまったような事件が。

殺してしまうと、それ以降は自分の生活が台無しになる。逮捕されようともされなくとも。少なくともそれまでと同じ暮らしを続ける訳には行かないだろう。

誰にも気づかれずに済む可能性は非常に低い。周到に計画された犯罪でさえ足がついてしまうものである。一時的な感情の昂ぶりから後先を考えずに殺してしまったりすると、無事に逃げおおせるはずがない。仮に逃げおおせても精神的な圧迫に耐えられるだろうか?

いや、そんな先のことよりも、まず返り血を浴びたり、床が血にまみれたのを拭ったり、死体をどこかに運んだり、そんなことを思い浮かべると、たとえ殺したいという気持ちは治まらなくとも殺すという行為には直結せずに済むのではないだろうか?

これは、映画『スクラップ・ヘブン』の中でオダギリジョーが叫んでた「想像力が足りないんだよ」!ということそのものではないか?

あるいは、僕流に評するなら、論理的な思考習慣の欠如である。一瞬で良いから論理的に考えることができれば、殺したりすると大変なことになるということくらいは解るはずだ。

考えれば尻ごみするはずだ。臆病になるはずだ。

毎日の仕事や暮らしの中では、一時的な気持の昂ぶりに任せて一気に打って出ることも確かに必要かもしれない。うだうだ考えていると何もできない──その批判も正しいのかも知れない。

ただ、人間はとかくそういう勇ましい行為を手放しで称賛しがちで、臆病になることを厭いすぎではないかと思うことがある。

1970年ごろ(かなり古い話だ)、日本の再軍備と戦争への危機感を敏感に受け止めた加川良は「青くなって尻ごみなさい 逃げなさい 隠れなさい」と歌った(『教訓Ⅰ』)。

そういう臆病さをもっと評価しても良いのではないだろうか?

殺してやりたい。でも血が出たら怖いし、逮捕されたら人生めちゃめちゃになっちゃう。やっぱり今日は殺すのやめとこう。──それで良いではないか?

などと思う一方で、違うことにも思い当たる。

最近の若者は失敗することに憶病で自分から打って出ることを全くしない、という批判。「自分の夢はベンチャー企業を興すことだ」と言いながら、失敗するのが怖くて夢をいつまでも夢のまま放置しているような青年が多いというような話。

正しく臆病であることは何と難しいことなのだろう。少なくとも僕らの世代は何とかやってきたつもりではあるのだが・・・。

正しく臆病になれないのであれば、論理的に考える訓練をするしかないのか。
想像力さえ働けば・・・。

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