映画『叫』
【3月3日特記】 映画『叫 さけび』を観てきた。
実は黒沢清の作品を映画館で見るのは『スウィートホーム』以来18年ぶりなのである。テレビやDVDで観ているかと言えばそうでもなくて、22年前に『ドレミファ娘の血は騒ぐ』をビデオで(!)観たっきりである。
だから『CURE キュア』も『ニンゲン合格』も『カリスマ』も『回路』も『アカルイミライ』も『LOFT ロフト』も観ていない訳で、そんな奴がいい加減なことを書くとコアなファンの方々の怒りを買って炎上するのではないかと、今回はちょっと緊張しながらキーを叩いている。
ろくに見もしないでこんなことを書くのも良くないのだが、僕にとっての黒沢監督は、若いころこそ“新進気鋭”、“俊英”、“鬼才”みたいなイメージがあったのだが、中年に至ってその立ち位置があまりはっきりしなくなってような気がする。だから僕は長らく彼の作品を観なかったのである。久しぶりに彼の作品を観てみて、「ああ、この人はこういう、ちょっと脇道の名人芸みたいな作品を作る人なんだなあ」という、少し妙な評価に落ち着いた。
東京湾岸の埋立地で赤い服の女が殺される。海水が湧き出た水たまりに顔を漬けられての溺死である。次々と自分に不利な証拠が出てきて、捜査に当たる刑事・役所広司は、記憶こそないもののひょっとして自分が殺したのかと疑い始める。同僚の刑事・伊原剛志も時折彼に疑いの目を向けてしまう。
そして同じような手口の殺人が続く。連続殺人のように見えて、それぞれの被害者に何の関連性もない。しかしどの事件も、海水で溺死させる必然性がどこにもないのにわざわざそういう手法を採っている。そして、役所に取り付き始めた赤い服の幽霊・葉月里緒菜。
ひえ~、こえーよー!葉月里緒菜の幽霊。その叫び声がまた怖い。クレジットを見ると叫び声を専門に担当した声優がいるみたい。
この作品はホラーと言うよりもむしろ古典的な「怪談」である。にも拘わらずモダンな雰囲気がするのは、ひとつの都市伝説の形をとっていること。そして、都市開発の問題と絡めることによって、古くからある「怪談」を一挙に現代の地平まで呼び出すことに成功しているからである。
「怪談」には「因果」がある。つまり化けて出る原因が解って「成仏」したら幽霊は出なくなるのである。映画の中では2回、「これで一件落着」みたいなシーンがある。そこで観客を裏切って次の段階に進む脚本はとてもよくできている。
そして、終盤のどんでん返し! なるほどねえ、映画ではよく使われる手なんだけど、そうとは思いつかなかったなあ。
そしてほとんど最後になって起こる度肝を抜くシーン。ネタバレになるので書かないけど、あの伊原剛志、どうなっちゃったんでしょうね? 怖いよ~。
あれ、今までのストーリーの整合性を突然ぶち壊しにするシーンですよね。ただ単に観客を脅かすために入れました、みたいな。ここらへんでもう一発派手なシーン入れとこうか、みたいな。
敢えて進行を乱してまでそういうシーンを入れたがるのが黒沢監督の趣味なんだとしたら、僕はそういうの大好きです(笑)。
カメラはあまりカットを割らずに長廻しが多く、役者の芝居をじっくり見せてくれる。また、演じている役者たちが非常に良い。前述の3人のほかに、役所の恋人役の小西真奈美(これは見事なはまり役だった!)、精神科医のオダギリジョー、船員の加瀬亮、そして奥貫薫、中村育二・・・。
最後の小西真奈美は何を叫んでいたのか。役所広司はどこへと歩いていたのか。うむ、余韻もたっぷりである。
80年代には、若さと発想で押して行くという感じだったのが、いつの間にかしっかりと実力を感じさせる監督になっていたようだ。90年代以降の作品も振り返って観てみようという気にさせる力作であった。
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