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Wednesday, March 14, 2007

謝る人間、謝らない人間

【3月14日特記】 最近身の周りで、企業のカスタマー対応セクションと揉めたという話を立て続けに聞いた。そもそも怒ったり不信感を持ったりして「カスタマー・サービス」や「お客様相談室」に電話をしてきた人間を余計怒らせて終わるわけだから元も子もない話である。

窓口の担当者が客を苛立たせたり怒らせたりしてしまうのには、例えば言葉遣いが悪いとか、商品知識が欠けているとか、マニュアルに書いてない質問や要望に対する適応能力がまるでないとか、それこそいろんな理由があるわけだが、最近僕が聞いた話に共通していたのは「頑なに謝らない」ということだった。

かつて日本人はむやみに謝ってしまう、安易に「すみません」と言ってしまうので具合が悪いと言われたものだ。「そんな調子でアメリカに行ってみろ、えらい目に会うぞ」などと僕も若いころに言われた記憶がある。

アメリカでは謝罪することは損害賠償に応じるという意味だから何があっても決して謝らない、と言われた。最近ではアメリカ人は別れ際に See you again ではなく Sue you again と言う、などというジョークもあった。

ところが、つい先日ネット上のどこかの記事で読んだのだが、最近一部のアメリカ企業は不祥事があったらまず謝るということを始めたとのこと。謝罪を拒否したまま裁判に突入すると、訴えたほうの感情を害してしまうので結局のところ賠償費用が高くついてしまうという観点だそうだ。

以上のことをかなり乱暴に整理してしまうと、アメリカ人が謝るようになってきた一方で、日本人が謝らなくなってきているのである。

昨今日本では、不祥事を起こした企業のトップが記者会見して、「結果的には」という言い訳のフレーズを連発する見苦しいシーンを目にすることも少なくない。

我がほうの非を認めず、筋の通らない強弁をするカスタマー・サービスが横行しているとも聞く。

そして若い人に目を向けると、「私が悪いわけではないのになんで謝らなければならないのか」と言う人が増えているような気もする。

前にも書いたことだけれど、なぜ悪くもない君が謝らなければならないかと言えば、それは謝ることが君の仕事だからだ。悪くもないのに謝ることが君の仕事だからだ。そのことによってカスタマーを会社の味方にすることが君の仕事だからだ。

一部のアメリカ人は論理的思考に基づいてそのことに気づき始め、それをクールに実践し始めた。一部の日本人たちは感情に流されてそれができない。

謝らなければならないときにきっちり謝ることも、謝ってはいけない場面では頑として謝らないことも、そして、今が謝るべきときなのかそうでないのかを正しく判断することも、みんな君の仕事である。

そう、うまく謝れる人間はみんなに好かれる人間なのである。

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